第17回:タイは日本をこう見てる・炸裂J-POPパワー
更新日2002/12/26
ワタシがまだ中高生だった頃。日本の中ではミュージックシーンが邦楽と洋楽の2種類に分けられていた。少し気の利いた子であれば、邦楽よりも洋楽を好んでいたように思う。ワタシもご多分に漏れず、ヘッドホンで洋楽を聴きながら受験勉強をしたクチだ。
そしてタイ。21世紀のタイのミュージックシーンは、タイ楽、洋楽、そしてJ-POPの3つに分けられている。
J-POPという言葉が出てきたのはいつ頃からだろう。ワタシがタイに来てからのような気もするし、それ以前からあった気もする。いずれにしても、ワタシ自身は「これがJ-POPなんだ」と意識しながら日本の音楽を聴いたことがないし、J-POPの定義すらもはっきりとはわかっていない。
J-POPの定義を“日本の最新ミュージックシーン”とするなら、なんとなくうなずける気がする。宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、ケミストリー……ワタシたちが“邦楽”として聴いた時代の音楽とは明らかに質が異なっているからだ。
その昔、ワタシが洋楽を聴いていたように、タイの若者はJ-POPを聴く。それは1つの流行でもあるのだろうし、自分はその辺の子たちとはちょっと違うんだという自己アピールでもあると思う。

理容室の店先にもJ-POPアイドル
インターネットの普及がそれに拍車をかけたような気もする。雑誌やテレビでしか知り得なかった情報が簡単に検索できる。アーティストの公式サイトに入れば、憧れの人の今が手に取るようにわかる。例え日本語が読めなくたって、写真さえ見られればハッピィになれる人たちも大勢いるだろう。
そんな市場の動向にいち早く目をつけた人たちは、タイのメディアの世界にJ-POPを取り込んだ。「idol」という名前の雑誌、J-POP専門のラジオ番組、深夜のテレビ番組では進行役に日本人顔のタイ人を起用するこりようだ。J-POPアーティストのCDを専門に扱うショップもある。
去年、ワタシの勤務先の撮影コーディネート会社に、「idol」の編集長がインタビューに訪れたことがある。日本のテレビ番組の撮影で、あるアイドルが訪タイしたときの模様を記事にしたいというのだ。
そのときのロケはバンコクを離れ、地方の山の中に分け入るようなロケだったのだが、道中アイドルに出くわしたタイ人の少女はその彼が誰だかすぐに分かり、家に戻ってわざわざ友達を呼んできたという。バンコクならまだしも、地方の片田舎でもJ-POPのアイドルが認知されているというのが、ワタシにはただただ驚きだった。
それと前後して、ドラマの撮影で別のあるアイドルが訪タイしたときのこと。出番の関係で彼が1日オフになり、番組プロデューサーと彼をワタシが観光にご案内することになった。
ファーストフードを食べて、ショッピングセンターでウィンドウショッピングをしていたそのとき。彼がうつむきながら小さな声で、「来てるよ……」とつぶやいた。エスカレーターの後ろを振り返ると、10代の女の子たちが4〜5人のグループになってワタシたちの後をぞろぞろついてきていた。どこでどう調べたのか、彼のスケジュールを把握していたのだ。
プライベートタイムでもあるし、彼もナーバスになっていたので、「申し訳ないけど後はつけてこないでほしい」と伝えると、彼女たちは「日本の芸能人に生で会える機会なんてこの先あるかわかんないんだから、そんなケチなこと言わないでよ」と口々にかみついてきた。その表情から切実さが痛いほど伝わってきた。
確かにそうなのだ。メディアでどんなに身近に感じても、日本のアーティストがタイでコンサートをすることは非常に稀だし、かといって日本へ行って芸能人を追っかけるなんて夢のまた夢。タイ人が日本へ入国しようとしたら、気の遠くなるような量の書類を揃え、日本大使館に出向いて面接までしなくてはならない。それが例え観光目的でもだ。
それを考えると、タイ人にとってのJ-POPは日本人にとっての洋楽とはまた違った意味を持っている。星のように手が届かない存在の国に住む憧れのアーティスト。その人が日本では人気がなくなっても、彼らにとっては永遠にスターであり続ける。
第18回:タイは日本をこう見てる・タイ人的日本観
