第6回:移動する・後編―渋滞知らずの水上交通
更新日2002/10/10
バンコクの交通渋滞の救世主は、なにもバイクタクシーだけではない。その昔、「東洋のベニス」と称えられたこの水の都には、水上交通というものが庶民の生活にしっかりと根付いている。
ワタシ自身、ベニスはおろかヨーロッパすらも訪れたことがないので、そのベニスを流れる川の水がどういう色をしているのか見当もつかないが、バンコクを流れるチャオプラヤ川の水の色は、どんよりしたコーヒー牛乳色である。美しいという形容からは程遠い。
このチャオプラヤ川の支流から、各所へ細く伸びているのが運河である。地図で見ると、支流は植物の根っこ、運河はひげ根くらいの太さで描かれている。確かに支流は2〜300メートル程度の幅はあるように見えるが、運河は2〜30メートルあるかないかである。
この運河は、今でこそ埋め立てられて数が減っているが、その昔はここにも運河、あそこにも運河という感じで、水上交通というシステムが完全に成り立っていたらしい。現在のバンコクでは、この水上交通のみを通勤通学の足としている人は少ない。

乗り降りからスリル満点の乗合ボート
水上交通の良いところは、なんと言っても渋滞知らずということである。出発地点と最終到達地点が同じなら、路線バスとそう変わらない金額で、しかも時間は半分以下で到着することが可能だ。
しかし。一つだけ難関が待ち構えている。それは船の乗り降りが少しだけやっかいなのだ。特にセンセープ運河を走る乗合ボートは、岸にぴったりとつけてくれないのと、乗り降りしている乗客を急かすようにして走り出してしまうので、タイミングとバランスがちょっとでも狂ってしまうと、運河で一泳ぎするはめになってしまうのである。
チャオプラヤ川がコーヒー牛乳なら、センセープ運河はコーヒー牛乳に床掃除あとの雑巾を洗った水を加えたような、なんとも不気味な色をしている。チャオプラヤ川にはホテイアオイが浮かんでいるが、センセープ運河には飲料水のボトルやスチロール容器がぷぅかぷかと漂っている。
この水の中に万が一落ちてしまったら、溺死はしないまでも病院に数日はお世話にならないといけないだろう。得体の知れないような病原菌が、よどんだ色の水の中に潜んでいるのは必至だからである。
ところが、船のへりは運河の水しぶきで滑りやすく、靴底がつるんとしている靴には充分すぎるほど命取りだ。特にタイの女性は年中サンダルを履いている。ヒールのあるサンダルの底は大抵つるんとしているものである。ワタシも一度、降りるときに片足を船体の外側に踏み外したことがあったが、もう片足が船の床に着いていたのでかろうじて難を逃れられた。
この乗合ボートの車掌たちは、実に軽々と船の乗り降りをこなす。停留所(=船着場)に着くと、船からロープを下ろして船を岸に寄せる。乗客が乗り終わった頃を見計らって、船に飛び乗り運賃を回収する。彼らがもし日本に行ったら、横浜八景島シーパラダイスの“ウォーターシュート”で充分活躍してくれそうだ。
しかし、いくら時間が短縮できても、毎日の通勤通学がスリル満点というのも困りものだ。しかも、細かい水しぶきが顔や手にかかるし、エンジンの音がとどろき、ガソリンの匂いがぷんと漂う。しぶきを防ぐためのビニールシートを引き上げると外の景色も見えない。利点はただ一つだけ、渋滞知らずということだけなのだ。
かくいうワタシは、様々な試行錯誤の末に快適な通勤環境を手に入れることに成功した。交通渋滞とも無縁だし、危険にさらされることもない。交通費もごくわずかで済んでいる。それはどうしてか。職場から徒歩圏内にアパートを借りたのである。職住近接。これがバンコクでは最強の渋滞救世主なのである。
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