夏から連想する言葉。灼熱。解放。懐古。奔放。冒険。
1年のうちで夏という季節が一番好きだったワタシが、常夏の国に住み始めてもう5年と2ヶ月になる。この国はなかなかどうして居心地がいい。21世紀の今日も鎖国をしているようなニッポンとは比べようもないほど懐が深い。
憎めない人、というのがいる。それがタイだと思う。ボラれた。だまされた。ハメられた。でも憎めない。容姿も学歴も家柄も申し分ないパーフェクトな坊ちゃん嬢ちゃんじゃなくて、どこかしら足りない部分があるけれど、笑顔が魅力的で一緒にいるとこっちもハッピィな気分になれる。それがタイなんだと思う。

パタヤのビーチに沈む夕陽
そもそもワタシがタイに住もうと思ったのは、ほとんど思い付きみたいなもんだった。96年10月。友人と出かけた2度目のタイ旅行で、なんと財布を盗まれてしまうというハプニングに遭遇する。幸いにして旅行を続けることはできたものの、ワタシの心は訪れたパタヤのビーチの空と同じくらいどんよりしていた。
タイでは10月はまだ雨季とも知らず、肌寒くて海にも入れない。くさった顔して浜辺で海を眺めていたら、話し相手になってくれたタイの人がいた。なんとはなしに財布の件を話してみると、その人は驚いた顔をして、「タイではそういう危ないことが多いから。貴重品は常に身につけておかないと。」と諭すように言った。
そしてケチって水ばかり飲んでいたワタシにビールをおごってくれた。その人の優しさが単純に嬉しかった。でも英語でのお礼は感謝の気持ちを100%伝えきれず、タイ語でこのお礼が言えたらと悔しく思った。
1週間の日程も無事に終わり、ワタシたちはバンコクのドンムアン空港で飛行機を待っていた。悪天候で2時間ディレイするというのだ。たまたま話し掛けたバックパッカーの日本人女性と、旅の話をしながら時間を潰していた。
そのときだ、「私の友達ね、タイに留学してるんだ」と彼女が言った。「留学ってタイで何を勉強してるの?」「タイ語」――ああ、そうだ。タイに来てタイ語を勉強しよう。そしたらタイ語であの人にお礼が言える。ワタシは彼女の言葉に背中を押されるようにして、タイに留学することを心に決めたのだった。
その旅行から8ヶ月後にワタシは生まれて初めて独りで飛行機に乗った。その日からタイのバンコクがワタシの現住所だ。
本をしこたま読んで予備知識を仕入れたつもりでも、文京区のタイ語学校に通って日常会話はこなせるレベルになっていても、やっぱり最初のうちは知らないことばかりだった。体も無意識のうちにカルチャーショックを受けていたのだろう。渡タイから3ヶ月も生理が来なかったし、2ヶ月を過ぎるまでは毎日のようにお腹が下っていた。
でも知らないことを一つずつ知っていくのはなんて楽しいんだろう。日常生活の中になんでこんなに新鮮な感動があるんだろう。ショックはいつの間にか、心地良い刺激に変わっていたのである。
人それぞれ理由はなんであれ、このバンコクにはそうやってタイに住みに来た日本人がたくさんいる。それは“移住”という堅苦しい言葉で語るより、“タイに住みに来た”という表現がしっくりくる。
そう、ワタシも含めたそういう日本人はツーリストではなく、れっきとしたバンコク都民なのだ。世界最悪レベルの交通渋滞にまみれ、朝は早よから学校に会社に急がなくてはいけない一都民なのだ。
トムヤムクンとキンキラキンのお寺だけがタイじゃない。カオサンだけがバンコクじゃない。フツーにして非日常的なバンコクライフがどんなものなのか、それを実況中継していきたいと思っている。
第2回:住んでみる―意外と快適な住宅事情

