第26回:タイの日本人・タイ伝統人形劇に携わる
更新日2003/03/06
昨年オープンした『ルンピニ・ナイトバザール』。バンコクを訪れる観光客に、暗くなってからも安全にショッピングを楽しんでもらおうと作られた観光スポットだ。
この敷地内にある『ジョー・ルイス・シアター』では、タイ伝統人形劇が毎日上演されている。この劇団は、現在タイ国内でこの人形劇を演じるたった一つの劇団だ。ジョー・ルイスというのは劇団の創始者の名前で、欧米人かと思いきや、実はれっきとしたタイ人。ニックネームとしてこう呼ばれたからだという。
ここで外国人向けのプレスを担当している日本人が三井美紀さんだ。彼女は毎日行なわれる公演の会場案内や、演目の説明、日系ツアー会社などへの営業をこなしている。とはいっても、彼女が昔からこの人形劇に興味があったという訳ではない。

ジョー・ルイス・シアターの人形
山梨の高校を卒業したあと、ホテル業を学ぼうと東京に出てきた彼女は専門学校に入学する。1年生のときの特別公演会に招かれたクラブメッドのスタッフがこんな話をしてくれた。「1人の満足したお客様は後に3人のお客様を連れてくるけど、1人の満足しなかったお客様は11人にそのことを伝える」――この言葉が卒業までの3年間、ずっと心に残っていた。
そして卒業後、彼女はクラブメッドに就職する。通常では初めての勤務地は日本国内だが、海外勤務になり日本を離れることに。その行き先はタイのプーケットだった。
タイを訪れるのは2回目だったが、タイ語が理解できるはずもなく、英語も通じない。タイ人は親切だと感じたが、やっぱり便利な日本がいい。そう思っていた。だが、仕事をするうちに徐々に英語に対しても自信が持てるようになり、そのうちに海外で英語の話せない日本人観光客の手助けになるようなことがしたいと考えるようになっていた。
憧れて入ったクラブメッドだが、仕事をしてみて持った感想は、“あまりにも現実離れした生活”だった。長く続けていくのは難しいと考え、早めに見切りをつけて退職。日本へ帰国して、派遣で仕事を始めることにした。ところが通勤途中に交通事故に遭い、ムチウチになってしまう。
当然仕事が続けられるはずもなく、失業状態になった。そこでふと、「タイで仕事を探そうか」という気持ちになっている自分がいるのに気づく。職探しと気分転換のために再び渡タイする。クラブメッドで働いていたときの友人が、バンコク郊外のタイ伝統人形劇場で働いているということで訊ねて行った。友人が、「英語が話せるスタッフがほしい」と何度も言うので、冗談半分で「それなら雇ってよ」。ところがとんとん拍子に話が進み、2001年の8月からそこで働くことになった。
「タイは日本に比べてゆるいところがイイ」と思う。日本では、何もかもが枠の中。こうあるべき、こうしなさい、と押しつけられることに小さな頃から息苦しさを感じていた。
タイはゆるい。ゆるいけれど、ゆるさの中に決まりがちゃんと存在すると感じる。他人に対しての許容範囲も日本よりずっと広い。タイ人の持つ気質を羨ましいと感じることもある。深く考えない。落ち込まない。怒られても少しするともう笑っている。その切り替えの早さに驚かされるのと同時に、自分にはないものを少しでも見習いたいと思う。
まったく知識がなかった伝統人形劇にも俄然興味が湧いてきた。3人の黒子が1体の人形を動かす。その仕組みは日本の人形浄瑠璃とまったく同じだ。劇のベースとなるのは、タイ人なら誰でも知っている古典『ラーマヤナ』。タイ語をもっと勉強したら、オリジナルを翻訳してみたい。そしてこの劇場をもっと多くの人に知ってもらいたい。
仕事が面白くて、日本に帰国することは全然考えていない。サービス業を学んだ彼女の奉仕の精神は、ここバンコクで日々さりげなく披露されている。
第27回:タイの日本人・自ら命を絶ちゆく人
