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第22回:フランコ万歳! テロの時代 私的つぶやき 11

更新日2021/08/12

 

フランコが40年に渡ってスペインの元首でいることができたのは歴史の不思議に思える。同胞ヒットラー、ムッソリーニが自殺あるいは殺されてから30年以上フランコは生き延び、権力の座にあった。それには多くの理由、コジツケがある。

彼が老獪なまでに保身を図っていたのは事実だが、基本的にフランコにイデオロギーがなかったことが幸いしたと思う。彼には理想とする国を創ろうという基盤、主義、思想がなかったのだ。辛うじて持っていたのは、強烈な反共思想と反シオニズム(ユダヤ人排斥と言って良いだろうか…)それに反民主主義だった。

選挙で国の元首を選ぶなどは問題外のことだった。選挙などはただ混乱を招くだけだと信じていたフシが濃厚だ。フランコが持っていたのは、異常なまでの保身の感覚だけだった。保身に利用したカトリシズム、教会にだけは手を付けなったが、それ以外のスペイン国内のありとあらゆる権限を彼個人に集中させた。カトリック教会の方がフランコに擦り寄って行った。

彼自身、清貧なカトリック信者を装っていたが、自分を守るためには百万単位のスペイン人を殺している。スペインが700年近くかけて本土からムーア人イスラム教徒を追放したのとは逆に、ムーア人傭兵を大量に使い、市民戦争の矢面に立たせ、人民戦線側を虐殺させている。中世の戦争さながら、彼が率いてきたムーア人部隊に略奪、殺戮、強姦を許しているのだ。 

彼は軟体動物のように型を変え、意見、主義を変え、前言を翻すことに何のためらいもなかった。それは、唖然とするほど立ち回りの巧さに繋がる。例えば、モロッコ北部にあるタンジェ(Tánger)が国際管理都市として非交戦宣言をする数日前に、そこを侵略してスペインの主権を獲得しているし、フランコがモロッコからムーア人部隊をジブラルタル海峡を渡り、スペイン本土に移送する手段がなく、全面的にナチスドイツに頼り、言ってみればナチスドイツの援助なしにフランコのスペイン本土制圧は果たし得なかった。

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ファシスト青師団(División Azul)

その見返り的にアンダイエ(Hendaye)でヒットラーと結んだ条約に従い、一応1万人のファシスト青師団(División Azul;ドイツ軍に参加したスペイン義勇兵の部隊)を東部戦線に送ってはいるのだが、1943年にヒットラー・ドイツの戦況が思わしくなくなると、即中立を謳い、青師団をあっさりと引き上げている。

自己を守るための本能といえば聞こえは良いが、日和見主義の極致を地で行っているのだ。世話になる時には利用できるものは手当たり次第に使うが、他人のためには一切手助けはしないのが基本だ。フランコは現状をシカと読み、分析し、保身を図る醒めた目を持っていたとも言える。

日本の軍事政権はフランコのファシスト政権をいち早く承認している。そのことにフランコは感謝を表明してはいるのだが、ナチスドイツ、イタリア、日本との三国同盟には加わらず、しかも、日本の敗戦が決定的になった時、日本軍がマニラ戦線でスペインの資産に膨大な損害を与えたとして損害賠償を日本に請求しているのだ。実際上、フィリピン全土は米西戦争で主権がアメリカに移っており、スペインがフィリピンに持っていた資産はすべてアメリカに移行していたのだが。

ハビエール・ツーセル(Javier Tusell)の著作に「(フランコには)明確なイデオロギーを持たなかったからこそ独裁から他の方へと移行できた」とあるのを読み、我が意を得た気分になったことだ。また、ポール・プレストン(Paul Preston)は「フランコ独自の特徴は本能的に狡猾で冷静、冷酷だ」としているのは、的を得ている。

フランコ死後、フアン・カルロス一世国王を元首として王制に移行するが、フランコ自身の子供、親族に政権を譲らなかったのは賢明で鮮やかでさえあった…と思っていた。ところが、フランコの兄、ニコラス、妹ピラール、娘婿クリストバルなどが巣食っていた利権は膨大なもので、スペインのトップ企業のほとんどすべてを牛耳っており、150社もの大企業に関わっており、かつ広大な土地、荘園を所有していたのだ。フランコは政権こそ親族に残さなかったが、枚挙にいとまがないほどの資産、利権を郎党に残して死んだのだ。

フランコ死後の政権移動は、歴史上稀に見るほどスムーズに進んだ。立憲君主制、イギリスや日本、オランダ、スウェーデンと同様の(形式だけは)の国になったのだ。彼の死後2年を経ずして41年ぶりの総選挙が行われた。その時、私のような外国人、スペイン居住者(在留労働許可証を持っているだけ)にも投票用紙が郵送されてきたりで、相当な混乱があったにしろ、ともかく議会政治が始まったのだ。そして、1978年には憲法も制定された。

繰り返すが、いずれにしろフランコが敷いたレールの上を走り、王党派や共和党、共産党が政争の末勝ち取った議会制ではない。これは戦後日本の民主主義が憲法を含めマッカーサー(Douglas McArthur)が地盤を作り、その上に成り立ったのと同じだ。 

私は政治議論好きなスペインの友人たちに、「お前たちは、フランコを安寧にベッドの上で死なせたのは、恥だと思え。その後もフランコが準備してくれた道を歩んでいるだけではないか…」と冗談めかして言ったものだ。幸い彼らは、「日本で、天皇を処刑せず、生きながらえさせてくれたのも、アメリカ的民主主義を日本に植え付けたのもマッカーサー占領軍政ではないのか?」と反論してこなかったが…。

フランコ死後30年以上経った2008年に、バルタサール・ガルソン予審判事(Baltasar Garzón Real)が内戦の被害者調査、住民虐殺など戦争犯罪を猛追した。明らかに戦争犯罪が行われたとガルソン判事が羅列したケースは1,400件に及ぶ。そして、彼は戦争犯罪人フランコ以下35人を起訴した。だが、当然のことだが、フランコを含め35人のファシスト政権の要人は全員鬼籍に入っているのだ。西欧人はやることがイチイチしつこい。過去を水に流すことをしない。

ガルソン判事の起訴状に対し、ハビエル・サラゴサ検事局長(Javier Zaragoza)は、「フランコ政権下の犯罪はすべて免責されている」として、個々のケースを洗い直し、裁判に持ち込む煩雑さを避けている。

Falange-01
Falange党旗

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José Antonio Primo de Rivera

フランコの銅像、記念碑は消えた。私が初めてスペインを訪れた時、どこの町、村の入口にもファランヘ党(Falange;カトリックと結びついたファシスト政党)のシンボル、矢を束ねた塑像やレリーフ、看板があり、村や町を睥睨するように建っているバカでかい教会の外壁にファランヘ党の党首だったホセ・アントニオ・プリモ・デ・リベラ(José Antonio Primo de Rivera)とフランコの名前が刻まれていたものだが、それも削り取られ、一掃された。

2018年には下議員で“戦没者の谷”(Valle de los Caídos)からフランコの遺骨を移すことが可決された。戦没者という時、それは戦勝者側の死者のことだが…。

フランコが死んでからすでに45年も経っていることに唖然とさせられる。市民戦争はもとより、フランコ時代、恐怖の警察国家を全く知らない世代がスペインの60%以上を占めるようになったのだ。 

私の逮捕談などは昔話、御伽噺のタグイなのだ。

Valle de los Caidos-01
“戦没者の谷”(Valle de los Caídos)


 

 

第23回:フランコ万歳! テロの時代 私的つぶやき 12

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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