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第15回:フランコ万歳! テロの時代 私的つぶやき 4

更新日2021/06/24

 

1937年の6月にスペインに舞い戻る以前に、カレーロ・ブランコは父と兄が殺されたことを知っていたと思う。まだ大勢が決する前の混沌とした戦況だったが、カレーロ・ブランコは迷うことなくフランコの率いる反乱軍に加担した。父と兄が殺された恨みがあったのか、フランコと脈通じるところがあったのだろうか…。

そして、フランコ将軍はカレーロ・ブランコ(どうにも名前が「フ」と「ブ」の違いで紛らわしいが…)を1939年に海軍省長官に、1941年には国務長長官に任命している。カレーロ・ブランコは筋金入りのフランキスタ(Franquista;フランコ将軍に忠誠を誓う軍団)になり、まさにトントン拍子で1966年に軍全体の総督、そして1967年から73年までは副首相役を務め、フランコ将軍の右腕になった。パーキンソン病でヨレてきたフランコの跡を継ぎ、1973年の6月に首相になった。だが、その半年後の1973年の12月20日、E.A.T.が仕掛けた爆弾で吹き飛ばされ即死したのだった。

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ルイス・カレーロ・ブランコ首相の暗殺現場に掲げられている記念額

E.T.A.は6人の22歳から27歳までの若者を『小熊座(チキア)』部隊と名付け、マドリッドに送り込んだ。実行犯は4人、作戦と情報収集、連絡に2人の構成だった。

彼らは、最初からフランコを狙わずカレーロ・ブランコを標的にしていた。と言うのは、フランコはパーキンソン病で6、7年閉じ籠っており、人前に出ることがなったからだ。それに比べ、カレーロ・ブランコは毎日必ず自宅からサンフランシスコ教会での礼拝に参列し、同じ道筋を通って帰宅するというパターンを判で押したように繰り返していた。

警備もズサンと呼びたくなるほどのもので、先行車一台だけで、道筋周辺のピソ(アパート)の屋上に警備員を配置することすらしていないのに驚く。フランコ独裁政権の牙城であるマドリッドで、テロを起こすとは想定していなかったかのようだ。

“小熊座”グループは、カレーロ・ブランコが教会に通う道筋に格好のピソを見つけた。Claudio Coello(クラウディオ・コエーリョ)通りに面したところで、それも半地下の道路に面したユニットだった。スペインの古いピソは地下に住居があることが多い。上になるほど値が張る。従って、かろうじて明かり取りの窓が部屋の上の方にあるような半地下は安い。

E.T.A.はメンバーの一人を画学生に仕立てて、アトリエに使うと言う触れ込みでそこを借りた。採光の悪い半地下をアトリエに使うというのもおかしな話だが、貸す方は誰でもそんなところを借りてくれるなら大歓迎だったのだろう。普通のピソの住人、階上の住人はポルテーロ(玄関番)のいる玄関口を通らなければならいが、この半地下ユニットは直接出入りできるドアが付いていた。これも“小熊座”グループに幸いした。

そのアトリエから、クラウディオ・コエーリョ通りの真ん中までトンネルを掘ったのだった。トンネルはモグラの穴のような、直径50センチ、約10メートルの長さになった。それは地表から2メートルほどの深さのところだった。そんなものを掘っていることさえ誰も気づかなかった。掘った土だけでも相当な量になるはずだが、それを空き部屋に積み上げ、押し込んだ。その作業に10日ほど費やしている。彼らの計画、準備は綿密だった。

カレーロ・ブランコ首相は1973年12月20日、午前9時20分頃、サンフランシスコ教会を出て自宅に向かった。そして、聖フランシスコ・ボルハ修道院(San Francisco de Borja)に差し掛かった時、75キロという膨大な地下爆弾が破裂し、彼が乗っていた大型のダッジ3700GTは文字通り空高く舞い上がり、修道院の屋根を飛び越え、中庭に落下したのだった。

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クラウディオ・コエーリョ通りの爆発現場

今でこそ、ロードサイド爆弾はアフガニスタン、イラクで当たり前になっているが、当時は古式豊かと呼びたくなるような仕掛けで、ダイナマイトか火薬に起爆剤を付け、そこから長い導火線のような電線をつなぎ、地下室にいる誰かがハンドルスイッチを押す方式だった。地雷のように、車が雷管に接触し、爆発するタイプではなかった。それにしても、絶妙なタイミングでまさにカレーロ・ブランコの車が丁度路上を通過した時に爆発させた。1、2秒早いか遅いだけで、全く違った結果になっていたことだろう。

私の大好きな映画『明日に向かって撃て!』(原題:Butch Cassidy and the Sundance Kid)で彼らワイルドバンチが現金輸送列車の金庫を吹き飛ばし、紙幣が宙に舞う場面で、「ダイナマイトは十分に使ったか?」と当たり前過ぎることを冗談にして、つぶやく場面(ワイオミング州、ウイルコックスの列車強盗。現金輸送車は見事に全壊した)があるが、このカレーロ・ブランコの暗殺に使った爆薬も十分以上、十分の十倍くらい爆破力があった。路上に十数メートルの大穴を開け、通りに面した建物の窓、ドア、テラスは吹き飛んだのだ。だが、石造りの建物そのものが崩壊するようなことはなかった。

“小熊座”グループ、E.T.A.のメンバーに爆発物の専門家がいたか、彼らがどこかで爆発物の訓練を受けていたことは確かだ。それに大量の爆薬、爆弾をスペインに、マドリッドにどのように持ち込んだのだろうか。これは後々まで大きな疑問となった。トレホンの米軍基地(現在のトレホン・デ・アルドス空軍基地;1996年まで米国の空軍基地だった)からではないかと言われているが確証はない。

カレーロ・ブランコは、自分に何が起こったのか分からなかったことだろう。側近、運転手とともに即死だった。一応病院に運ばれたが、引き千切れた肢体に脈があろうはずもなかった。

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爆発により修道院の中庭に落下したダッジ3700GTの車体

E.T.A.は即時にフランスのバスク地方の町バイヨンヌから犯行声明を出した。フランコ政権は当初、原因不明の爆発…と発表したが、爆破から7時間経って、E.T.A.の声明を受けるように、暗殺されたことを認めたのだった。

暗殺の翌日、21日にフランコが手元に置き、王道を指導していたフォアン・カルロス王子(次期国王)が司り、カレーロ・ブランコの国葬を行った。フランコは葬儀に列席したが、一言も発せず、また、これがフランコが公衆に姿を見せた最後になった。フランコは1975年11月20日に病死した。

1972年12月31日に、カルロス・アリアス=ナヴァーロが首相に就任した。
その後の犯人捜査、追及は後々まで語り草になるほど激しいものだった。まさにスペインの警察力のすべてを傾けたマンハントが繰り広げられ、1800人の逮捕者を生んだ。逮捕者に対する拷問、処刑は中世の宗教戦争、魔女狩り以上だと言われ、それはバスク人の絶滅を図っているかのようだった。

スペイン警察のやり方は西欧の国々の非難を浴びたが、所詮は観光地、バカンスで訪れるだけが価値のある国のことだ。警察国家に対し、人道的観点からの抗議は常にむなしい。 スペインの官憲は捜査に全力をあげた。それは警察だけでなく、軍内部にある諜報センター、国家防諜局など、まさにありとあらゆる機関を使い犯人追求に乗り出した。その過程で、極右の私的軍隊、フランスの極右グループO.A.S.(主幹はジャン・ピェール・チェリだった)にフランス国内のバスク地方での捜査、虐殺を依頼し、情報を流していた。

その上、E.T.A.メンバーを非合法に殺すためG.A.L.(Grupos Antiteroristas de Liberracion)という右翼テログループに肩入れしだした。俗に“汚い戦争”(dirty war:きれいな戦争などあるはずもないのだが…)と呼ばれ、G.A.L.はE.T.A.のメンバーだけでなく、その家族、シンパも殺害し始めたのだった。

私が右も左も分からないまま、マドリッドの中央警察署の地下の留置所にぶち込まれたのは、E.T.A.のマンハントが行われている最中だったことを、今になって知るのだった。

Franco y Juan Calos
晩年のフランコ将軍と次期国王となったファン・カルロス1世(1975-2014)

 

 

第16回:フランコ万歳! テロの時代 私的つぶやき 5

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第2回:フランコ万歳! その2
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