■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]




第1回〜第50回までのバックナンバー

第51回:Butch Cassidy_キャスル・ゲイト その2
第52回:一つの鮮やかな成功は常にモノマネザルを呼ぶ
第53回:ミーカー銀行強盗の怪


■更新予定日:毎週木曜日

第54回:マッカティー一族 その1

更新日2007/11/01


ブッチの鮮やかな強盗ばかりが脚光を浴びた反面、他のワイルド・バンチの面々は、ブッチほど幸運に恵まれなかった。ブッチが絡んだ事件を幸運と呼ぶか、ブッチの周到な計画と決断力、緊急時に冷静な精神の当然の結果と見るかは、語り手がブッチにいかに惚れ込んでいるか否かの心象が大きく作用する。が、いずれにしろ野球の解説のように結果論、後知恵の弁明に陥ることは否めない。

ブッチにテリュライドの銀行破りでアウトローライフの洗礼を授けた、兄貴分とでも言うべきトム・マッカティーはもともと良い家柄の出だった。もちろん新興アメリカ西部としては、の話しではあるが。トムの父親、ウィリアム・マッカティーは腕の立つ外科医だった。南北戦争では南軍の軍医として従軍し、南軍が破れたのを契機に医者稼業をスッパリと止め、モンタナ州域へ開拓者として家族を引き連れ移住した。ウイリアムは息子3人、娘4人をもうけ、トムはその長男として1841年に生まれた。


若かりし頃
のトム・マッカティー。
何歳の時のものか不明だが、良家のお坊ちゃんの風貌がある。


もう一枚は中年になってから、おそらくアウトローの生活に
入ってからのものだろう。目に暗い影がある。
これを人は、犯罪者、殺人者の暗さと呼ぶのだが。

パイオニアたちはよく動き回り、引越しを繰り返す。ご多分に漏れず、マッカティー一家もモンタナ州から1871年にユタ州のグラスヴァリー(Grass Valley, Utah)に移住している。そこはブッチが育ったサークルヴィルからほんの15マイルしか離れておらず、西部の感覚では、お隣さんの距離であるところから、多くのアウトロー史家は、この時点で二つの家族は知り合いであり、トムとブッチも懇意だった可能性が高いとしている。

人は運命的な出会いを語りたがる。しかし、ブッチ一家が1879年にサークルビルに越してくる前の1874年に、マッカティー一家はインディアンとのいざこざから、ナバホインディアン3人を射殺し、その直後にネバダ州へ逃げるように引越している。トムは1876年に鉱山のうまい話にのってのことか、ユタ州のマウント・プレゼントに行っているので、トムとブッチがテリュライド強盗で組むはるか前からの幼なじみであることは不可能だ。

こんな簡単な年譜を無視してまで、人々はブッチとトムの出会いをユタの谷間につくりたがるのだ。狭い開拓部落間の噂として、ブッチ家族がマッカティー一家のこと、ナバホ族との戦いのことを耳にしていた可能性は大いにあるにしろ、トムとブッチがサークルバリーで出会った可能性はゼロに等しい。

トムは、マウント・プレゼントでマット・ワーナーの姉ティーニィ・クリスチャンセンと結婚し、男兄弟 次男のビル、三男のジョージと共同でモンティチェロ(Monticello, Utah)に牧場を始めた。

今でもアメリカ人は、世界で一番引越しを繰り返す国民だ。マッカティー一家は、またまたオレゴン州に越している。うまい話に乗りやすく腰が落ち着かない性分なのか、良く言えばバネのある行動力が国民性のなかにあるのか、あきれるほど引越しを繰り返す。

今度は、トムとビルの家族はモンティチェロに残ったものの、かれらも、7年後の1884年に牧場をピッツバーグ牧畜会社に3万5,000ドルで売り払っている。1884年の時点でこれは大変な金額で、現在の80万ドル(約9千万円)くらいに相当するだろうか、モンティチェロの牧場には、相応の価値があったのだろう。

モンティチェロは北東にラサル連山を望み、ゆるやかなにうねった台地が山裾に南北に広がり、西部開拓史の映画にでも出てきそうな草原と遠景の山々との対比が絵のようなところだ。ここを一本のハイウエー191号線が走っており、アリゾナ、ニューメキシコ、ネバダへ南下するときの私たちの好きなドライブルートになっている。


モンティチェロの草原。

大金を兄弟二人で山分けした後、トムは有り金のすべてをサローンバーでのギャンブルと酒、女につぎ込み、文字通りアッという間に一文無しになっている。トム43歳の時のことである。

弟ビルの方は、お金を握りミズリー州へ赴き、ジェッシー・ジェイムス兄弟のギャング団に加わったともコール・ヤングのグループに入ったとも言われているが、いずれもアウトロー独特のホラ話だろう。ジェッシー・ジェイムスは、ビルがミズーリに行った2年前の1882年に死んでいるから、死人と一緒に銀行強盗を働くわけにはいかない。

トムとビル、二人ともすでにアウトローになる素養を充分以上に持ち備えていたと言ってよい。彼らはギャンブル好きで酒乱、短気で自らの感情の爆発をコントロールできず、やたら拳銃を抜き、すぐに暴力に訴える傾向があった。

ビルはユタにレッティーという妻を残してきてたが、ユタで結婚していることを隠し、ミズーリーで若い女性と重婚している。どんな理由からか、ビルのような男にはいかなる理由もあってないようなものだが、その若いミズリーの妻をピストルで撃ち負傷させ、スティルウオーター(Stillwater, Minnesota)で務所入りしている。

トムは牛馬の泥棒で修練を積み、ブッチ、マットと共にデンバーのファースト・ナショナル銀行で恐喝、テリュライドのサンミゲル銀行襲撃を成功させていた。トムの短腹で暴力的性向を嫌い、ブッチがトムのもとを離れていった後、このトムとビルの2兄弟が組んで、ひとシゴトをやらかすのは時間の問題だった。

-つづく

 

 

第54回:マッカティー一族 その1


TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 コラム・バックナンバー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・現在連載コラム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【TukTuk Race 】 
フロンティア時代のアンチヒーローたち 】 【亜米利加よもやま通信 】 【よりみち
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・掲載完了イチオシコラム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  [拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ] [岩の記憶、風の夢 ]

   
このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこ・ち・らまで。

Copyrights 2008 Norari