■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]




第1回〜第50回までのバックナンバー

第51回:Butch Cassidy_キャスル・ゲイト その2


■更新予定日:毎週木曜日

第52回:一つの鮮やかな成功は常にモノマネザルを呼ぶ

更新日2007/10/18


モンペリエとキャスルゲイトの成功談は、西部だけでなく刺激的なニュースに飢えたアメリカ全土の新聞に取り上げられ、誇張され、よりエキサイティングな記事になって知れ渡った。

後のアウトロー研究家がジュニア・ワイルド・バンチグループと名づけた無法者集団は、ブッチとエルジーの成功談に刺激を受け、銀行強盗なんて俺たちだけでできるさ、とばかり試み、無様に失敗したのだった。


事件があってから4日後のミーカーの新聞「The Meeker Herald」
事件の詳細を伝えている。

ジュニア集団は18歳から20歳までの4人の若者で構成され、リーダー格のジョージ・バインは19歳だった(ジム・シャーリーがボス格だったという説もある。この集団には統率者的存在はいなかったとする研究者も多いが、古典と言われるチャールス・ケリーの「The outlaw trail」に従う)。

この一団はワイオミング州のホールインザウォールにたむろしていた一派で、1896年夏の歴史的な全西部アウトロー会議?に参加し、銀行強盗、列車強盗実行犯である歴々たる面々に直接会い、大先輩たちの成功談を聞き、奮い立ったに違いない。

ミーカーの村はコロラド州の中西部に位置し、鉄道の駅があり郵便局があるライフルの町の北方90マイル、同じハイウェイ州道13号線を92マイル北上すると交通の要点であるクレッグの町につながっている。従って南下するにしろ北上するにしろ電信のある町までは、いずれにしろ90マイル(約150キロ)内外の距離を馬を跳ばさなければならない陸の孤島のような村だ。

この村は“ミーカーの虐殺”として西部開拓史上に知られる、インディアンが騎兵隊一団を襲い壊滅させ、女性を奴隷捕虜として連れ去った事件で知られるだけだったが、もう一つワイルド・バンチ・ジュニア組みの銀行襲撃事件ですき者の間だけだが、その名を知られるようになったのだった。今では牧用犬のコンテストが行われることだけで知れるのどかな田舎町だ。

ジョージ・ハリス、ジョー・ロールス、ジョージ・バイン、そしてジム・シャーリーの4人の若者は、揃いも揃って血の気は多いが、頭脳も経験もなかった。ボス格のジョージ・バイン(別名ジョージ・ローとして知れ渡っていた)はホールインザウォールで乱暴者として鳴らしたジョー・トリバーの甥っ子で、叔父の下で牛、馬の泥棒の手下をしていたが、それを"経験アリ"と言えば言える程度だった。そんな若者4人組がミーカー銀行を襲ったのだ。

ミーカー銀行は、村一番の雑貨商ヒューガス商会内にあり、銀行と雑貨店は一枚のドアで行き来きできるようになっていた。すでにこの場所の選択において、ジュニア集団は大きな間違いを犯した。商店から銀行の窓口が丸見えなのだ。


今も残るヒューガス商会の建物。
この中にミーカー銀行(The Bank of Meeker)があった。

4人組はブッチらの教則どおり、リレーの馬を用意し、そこにジョー・ロールスを控えさせ、それなりの準備をして3人でミーカー銀行を襲ったのだ。1896年10月13日の午前中のことだった。

二人が雑貨商店の中を通り銀行に入り、一人しかいない銀行員(David Smith)にピストルを突きつけホールドアップし、有り金を出すように要求したのだ。銀行員が指示に従わないと見た二人組みは、愚かにも威嚇のためにリボルバーを2発撃ったのだった。この発砲は商店にいたお客、店員だけでなく村中に、銀行で非常事態が発生したと触れ回ったようなものだ。銀行員がやっと両手を挙げ、無抵抗の姿勢を示すと、二人組みはまだ金庫にしまわれておらずカウンター、テーブルの上にあった紙幣を鷲掴みにしてガンケースに押し込み、銀行員のデーヴィッドと商店の店員二人の計3人を楯に表通りに出た。が、その時には銃声を聞きつけたミーカーの町の住人が5、6人が銃を構えて待っていたのだった。人質3人は表通りに出るなりパニックからか走り出し、それを契機にミーカーの住人は、犯人どもに100発を超す銃弾を見舞ったのだった。


当時から残るログキャビン。
現在は博物館になっているが、ミーカー銀行事件の資料はなく、
インディアンが行ったミーカー虐殺事件と町の歴史、
パイオニア時代の遺物が多い。

ジムとジョージ・バインは即死、ジョージ・ハリスは2時間後に死んだ。3人組を馬のリレーポイントで待っていたジョーはすっかり怖じ気づき、リレー用の馬を残したまま、ホールインザウォールに逃げたのだった。

自分の甥っ子が殺されたことを知ったジョー・トリバーは、復讐宣言をミーカーの町に送ったが、常駐の保安官さえいないミーカーの住人は臨戦態勢を敷き、そんな脅しに屈することがなかった。

ミーカー銀行強盗は、ミーカーの住人の完全勝利で終わったのだった。

-つづく

 

 

第53回:ミーカー銀行強盗の怪


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