第33回:Butch Cassidy_ブッチ誕生
更新日2007/06/07
1891年7月、トーランド牧場(Tolland Cattle Company, VR Ranch)の牧童頭で騎兵隊上がりのフランク(Frank
Wolcott)は10人からなる馬泥棒追跡団を組織した。大地主、大牧場主から豊富な資金援助を受け、大掛かりなマンハントを展開しだしたのだ。
フランクはそれだけの援助を貰っているのだから、是が非でもこのマンハントは成功させなければならない立場にあった。フランクがターゲットに絞ったのは、ブッチ、マットそしてトムの3人組だった。
3人組がテルモポリス(Thermopolis)近くのローストキャビンで馬足を休め、鞍を下ろして、キャンプの支度にかかろうとした時、フランクが10人のガンマンを従えてまっしぐらにこちらに向かってきたのだ。トリオはすぐさま馬に鞍を乗せ逃走していった。その時すでにフランク一団はライフルを撃ち始めており、3人組の方は、集めた牛馬はもとより、野営の道具、証拠品となる焼きゴテ、なんとライフルまで置き捨て、身一つで馬を飛ばしたと、マットの回顧録にある。6連発のリボルバー拳銃とライフルではハナから勝負にならず、命をかけた逃亡になった。
映画『明日に向かって撃て』のユーモラスな伝説的名場面になった、崖っぷちから渓流へ飛び込むシーンはこのときのマットの実話から取ったものだろう。三者別れて逃走に入ったが、マットは崖っぷちから身一つで渓流に飛び込み追跡をかわした。トムとブッチも他の逃走路は塞がれていたから、それぞれ異なる地点で渓流に飛び込んだものと思われる。
同じ年、泥棒のシーズンオフである冬、ブッチはワイオミング州のロックスプリング(Rock Spring)に現れた。テリュライドのあざやかな銀行強盗を成功させてから、野良牛、野良馬をかっさらう程度のシゴトだけこなし、大仕事には関わっていなかったかどうか、アウトロー歴史家の間でも意見の分かれるところだ。

ワイオミング州、ロックスプリング。
この写真はブッチが一冬過ごした10年ほど後の
1900年代の初めに撮られたもの。
ともあれ、ブッチはロックスプリングの肉屋で働き出した。肉屋といっても屠殺業兼肉を腑分けし、小売もするようなところだった。カウボーイなら誰でも牛をどのように速やかに殺し、皮を剥ぎ、関節を外し、商品としての肉に卸すかの修練は積んでいる。
ロックスプリングは炭鉱町に近く、肉の需要は天井知らずだった。ブッチは店員としてとても評判がよかったと、ここでもまた雇い主で肉屋のオーナー、ビル・ゴッチ(William
Gottsche)は手放しでブッチをほめちぎっている。
この時代、ブッチャー(肉屋)で働いていたことから、後世知れ渡ることになる「ブッチ」というあだ名が付いたと言われている。冴えない屠殺業、肉屋の仕事が後に列車強盗、ワイルドバンチを組織し、勇名を馳せた男のあだ名になったと信じられている。
ロバート・レロイ・パーカーはジョージ・キャサディーとなり、ここで初めてブッチ・キャサディーになったが、アウトローの歴史家ジム・ダランティ(Jim
Dullenty)はこのロックスプリングの肉屋の仕事についてすら疑っている。第一、人目につくような仕事を、お尋ね者のブッチがするわけがない、加えて原野を駆け巡るような生活をしてきたカウボーイ、ブッチが狭い店の中での仕事に耐えられないと言うのだ。
自伝を書いているマットは、ブッチの名の由来を次のように語っている。トムを加えた3人組が野営しているとき、トムがブッチャー(屠殺者)と名づけ愛用していた馬鹿でかいライフルをブッチが試し撃ちをしたことろ、反動が強くブッチが後ろにひっくり返り、大笑いをした、その時から彼をブッチと呼ぶようになったと言っている。もう一人のアウトロー研究家ケリー(Kerry
Ross Boren)も彼の祖父(Willard Schofield)の話としてマット説をとっている。
ラリー・ポインター(Larry PointerのBandit Invincibleによる)よれば、キャンプ地で人の嫌がる、牛を殺して肉にする仕事をいつもブッチが引き受けていたことから、このニックネームが広がったとしている。
西部開拓史家のジョン(John Rolfe Burroughs)は、ブッチがロックスプリングの冬をサロンバーに出入りし、気前よくおごり、散財し楽しく過ごした確かな事実があるとしている。ブッチ自身は深酒をしたりポーカーにのめり込むタイプではなかったが、ブッチがいるだけでサロンバーは明るくなり、景気よく遣ってくれるのでバーにとっては上客だった。
この冬、120マイル離れたランダーの町まで乗りつけたりもしている。また、この時期にアウトローシンパでブッチの弁護を引き受けることになる弁護士ダグラス(Douglas
A. Preston)とバーで知り合いになっている。この出会いもダグラスが酔っ払いに絡まれているところをブッチが救ったとも、ブッチの持つ天性の明るさ、人を引きつけずにはおかない吸引力に促されるようにダグラスが話しかけ、意気投合したとも言われている。ダグラスはワイルドバンチの弁護士として、西部史に名を残すことになる。
ロックスプリングでのブッチの行動を描くとき、ブッチがありきたりな肉屋の店員として働いたとは思えない。サロンバーをはしごして歩き、遠乗りをし、ランダーまで何度か赴いたり、かなり自由に動き回っているうえ、どんなカウボーイでもできる、ただ牛を肉にする仕事を連日続けていたとは考えられないのだ。
大体当時の屠殺業兼肉屋は、近くにライブストック(生きた牛、ヤギ、羊)を囲うコラールを持っており、そこから必要に応じて一頭、二頭と殺し肉にしていた。肉屋兼屠殺屋にとって、肉牛を集めたり買ったりするのも重要な仕事だったが、肉牛を売りに来る特定の牧場主以外からでも、カウボーイが持ち込む通称"迷い牛"を、その大半は盗まれたものだが、買い叩いていたのが実情だった。どんな牛でも皮を剥がれ肉にしてしまえば、焼印があるわけでなし、どこから来たものか、本来誰の牛だったのか分からない。
史実として耐える事実があるのか、と問われれば口を閉ざす他ないのだが、ブッチはこのロックスプリングの冬を"迷い牛""盗牛"の皮を剥ぎ、肉屋に持ち込むことで過ごしていたと、私は見る。ただのもの"牛"をかすめ取ってきて、売るのだから、肉屋の店員とは雲泥の差がつく収入をもたらし、サロンバーでの散財にことかかなったろう。肉屋の方でも、牛そのものではなく、すでに開いた肉を持ち込んでくれるのは大歓迎だったに違いない。
ともあれ、ロックスプリングの冬場から、ジョージは「ブッチ」として名を馳せることになったのだ。
…-つづく
第33回:Butch
Cassidy_ブッチとアルの逮捕

