第26回:Butch Cassidy_ブラウンズパーク、バセット牧場
更新日2007/04/19
シェリフのトム・ファールスへの遊びが過ぎたことに気付いてか、恐らくその年の9月か10月初めに、3人組みはワイオミングを目指して、また北上した。動き回ることが捕まらない絶対条件であるかのようにあきれるほど移動し回っている。

ランダーの町。
この写真は1878年のものでトムとマットが乗り込んだ1890年には、
交通の要所として発展し、はるかに大きくなっていた。
今度の目的地はワイオミング州のランダー(Lander)だった。ランダーはトムとマットがキャビンを持っているスターヴァレーから近く、旧知の牧場主、雑貨屋のオヤジ、サロンバーのオーナーなどがいるくつろげる古巣だった。
しかし、ブッチはランダーに入る手前でトム、マットの二人組みと別れている。短気なトムと一緒に行動することが耐えられなくなったせいだとも、ブッチ独特の勘でランダーがもはやアウトローにとって安全でない町になっており、乗り入れるのは危険すぎることに気付いたせいだとも言われているが、ブッチ自身は決別の理由は語っていない。
事実、トムとマットがランダーの馴染みのバーに入ろうとしたとき、偶然知り合いのカウボーイに会い、今、バーに二人のこと嗅ぎまわっているローマン(Law
man、シェリフなどの官憲)がいることを知らされたのだった。
まさに間一髪、きわどいところで正面対決を免れたのだった。マットはこのことをウイスキーを一杯やることに気を取られ過ぎて、普段なら必ず町に入る前にするはずの事前調査をしなかったせいだ、と言っている。
マットとトムはスターヴァレーにある彼らのキャビンに引きこもった。スターヴァレーは冬場、雪に阻まれ、東側からしか入ることができず、身を守るのに安全な隠れ家だったからだ。
一人になったブッチはブラウンズパークに戻り、しばらくチャールス・クルーズ(テリュライドからブッチたちがブラウンズパークに直行したとき大いに力になってくれた大のアウトローシンパ)の牧童をしていたが、恐らくチャールスの紹介でバセット牧場(Bassett
Ranch)で働き出した。

晩年のハーブ・バッセット(Herb Bassett)。
ブラウンズパークで生涯を過ごした。
ハーブとエリザベス・バセット(Herb & Elizabeth Bassett)は1878年にアーカンソー州からカリフォルニアへ向かう途中、カルフォルニアへ先に行き、引き返してきたハーブの弟、サムとブラウンズパークで出会い、カルフォルニアが決して理想の地ではないことを知り、旅を途中で打ち切り、ここブラウンズパークに定住することにしたのだった。
ハーブの健康がすぐれず、それ以上の旅に耐えられなくなっていたとも言われている。バセット牧場はヴェルミリヨンクリークとグリーンリバーがY字に合流する地点にあり、地味のとてもよいところだった(Bassett
Women by McClureによる)。
バセット夫妻は、当時の開拓者のレベルからはるかに抜きん出たインテリで、蔵書も多いうえ、ハーブが就いたブラウンズパーク郵便局長(といっても田舎の三等郵便局で職員は彼一人のみだった)の職業柄、手に入れることができる雑誌、新聞類を沢山持っていた。彼はもともと会計士だったし、教師でもあった。身体の弱いハーブに代わり牧場を取り仕切っていたのはエリザベスだった。流れ者の牧童たちを上手に使って、牧場を管理していたのだから指導者的性格と決断力、人を見る目を持っていたのだろう。エリザベスは、礼儀正しく明るいブッチを一目で気に入り採用している。
西部劇にあてられ、その延長上にあるむくつけき男が多いアウトロー、西部史研究家の中で、女性の研究家がこれほどいるのはブッチだけだ。ブッチは今でこそ大もてだが、その割にはブッチを探っていてどうにも寂しいのは話を彩る女性が少ないことだ。ブッチがマット、トムと別れ、ブラウンズパークに引き返したのはチャールスの19歳になる娘さんのためではないかという研究者もいるし、それを題材にしたロマンス小説もあるが、確証は何もない。
バセット家がブッチに与えた影響、とりわけエリザベスが及ぼした影響は大きい。ブッチはバセット家の蔵書を読み尽くし、ハーブの郵便局に出かけては古い雑誌や新聞を読み散らしていた。ブッチが書いた手紙は、とても13歳までしか学校に行かなかった開拓部落出身とは思えないほど正しいきちんとした英語で書かれている。
おおやけの記録に残るようなロマンスこそないが、ブッチは女性に好かれたようだ。エリザベスには母親の面影を求める思慕の情を抱き、エリザベスも明るく、輝くばかりに健康なブッチに対して、夫にはないものを求めたとしても不思議はないと、多くの真面目な研究家でさえ、情にほだされている。ほかの研究家はエリザベスの15歳になる娘ジョジィー(Josie)と恋愛関係にあったのではないかと言っている。
老齢になったジョジィーにインタビューした記事では、彼女はブッチとのことを否定も肯定もしていない。ブッチのことを「大きな身体はしているが少年の心を持ち、いつも冗談を飛ばしていた」と言っている。

晩年のジョジィー、1953年撮影。
バッセット一家は妹のアンは別だが、
ブラウンズパーグに強い愛着を持っていた。
エリザベスにはもう一人娘がいた。そのとき11歳のアン(Ann)で、彼女はブッチに四六時中付きまとい、その年頃の少女だけが抱える憧れでブッチを英雄視していた。日曜日の午後、教会に行った後にバセット家によく近所の人たちが集まり会食をしたり踊ったりしたが、エリザベスは決して誰とも踊らなかったが、小さなアンは何度も何度も繰り返しブッチと踊った。それは恋愛というようなものではなく、ただ11歳の少女のお相手を優しいブッチが断りきれずにしていただけだろう。
一番下の娘、成人したアン。
東部の由緒ある全寮制の学校にまで行ったが、
西部に帰ってからはアウトローの生活を選び"クイーン・アン"と
呼ばれた。そんなところから、ブッチが多大な影響をアンに及ぼし、
ひいてはブッチの恋人になったのではないか、と言われている。
エドガー・アラン・ポーが、"アナベル・リー"と詩に書いた少女に逢ったのは確かポーが28歳、少女が9歳のときだったから、ブッチ24歳、アン11歳の両者が恋愛感情を持っても不思議ではないというむきもあるにはある。アンは冒険心が旺盛で行動的だったから、後でブッチに付き従うように時折登場する謎の女性は、アンではなかったと言われている。
私の旧友で、若い、それこそ少女じみた女性が好きな奴がいるが、彼はしっとりと遠くを見るような目で、「お前、彼女らもいずれ成長してオンナになるんだぞ。それも急激に一挙に花開くように成熟するんだぞ」と、私を諭すように言ったものだ。
…-つづく
第27回:Butch
Cassidy_ワイオミング

