第73回:ウィルコック列車強盗事件 その2
更新日2008/04/03

ノーベルが発明したダイナマイトは、
ワイルドバンチの列車強盗のやり方を大きく変えた。
1899年6月2日、ウィルコックで襲われ、
爆破された現金輸送列車。
中央左に黒く口を開けているのが
ストロング・ボックスと呼ばれる金庫。
ウィルコックの列車強盗は人を殺めることなく、鮮やかに目的を達成し逃走した。無用の殺傷を避けるため客車を切り離し、バンダナで顔を隠しているとはいえ、犯人どもの顔、体つきをシカと目撃した、機関士、火夫、現金輸送車に乗り組んでいた事務官らを殺すことなく、ワイルドバンチの面々は目的の現金を手に入れるとメディスン・ボウの荒野へ消えたのだった。よほど逃亡に自信がなければできることではない。
この絵に描いたような鮮やかな列車強盗事件にも手落ちがあった。機関車と客車は切り離し、その間にある橋を爆破したが、機関車の進行方向の線路を爆破しなかったのだ。機関士のジョーンズは半壊した現金輸送車を切り離すと機関車だけでメディスン・ボウの町まで急行した。汽車は2時間遅れただけでメディスン・ボウに着き、即座に追跡団が組織され、かつ近隣の郡へ電報が打たれた。
ユニオン・パシフィック鉄道の公安が組織した追跡団が15マイル離れたウィルコックの現場に着いたのが朝の8時半だから、異常に早いスピードでコトが運ばれたと言ってよい。じきにメディスン・ボウのシェリフが組んだ追跡団もそれに合流した。
当初、追跡団は事態を楽観視していた。蹄の跡がくっきりと残されており、それらは明らかにワイルドバンチお気に入りの隠れ家ホール・イン・ザ・ウォールに向かっていたからだ。ホール・イン・ザ・ウォールにたどり着くには、カスパーの町近くを通らなければならず、カスパーで大掛りな待ち伏せ追跡団を組織し、ホール・イン・ザ・ウォールへのあらゆる可能性のある道筋に追跡団を展開する算段だった。
ところがその日、6月のワイオミングではめったにないことだが、大雨が降り出したのだ。当然、犯人グループの蹄はかき消され、秘密兵器としてトレーニングされた犬、ハウンドドッグの鼻も効かなくなってしまったのだ。それでもまだ追跡団は事態を甘く見ていた。と言うのは、大雨でノース・プラット川もララミー川も増水し犯行グループが川を渡ることができないだろう、従って川沿いに捜査網を展開すれば、必ず犯人グループと出会うに違いないと踏んだのだ。
捜査は西部史上最大の規模で行われた。追跡団は総計100名に及び、ハウンドドッグも多数使った。ユニオン・パシフィック鉄道会社がいかに列車強盗に対し断固たる処置をとろうとしていたか伺える。田舎町のシェリフを主体にした、主にボランティア集団とは資金力にも経験にも格段の相違があった。犯人追跡のプロ集団が乗り出してきたのだ。
ウィルコック列車強盗にかかわったワイルドバンチのメンバー6名が誰であったか未だに確定できていない。ワイルドバンチはニ手に分かれて逃亡したが、確実なことは、北のホール・イン・ザ・ウォールに向かった3名がフラットノーズ・ジョージ(Flat
Nose George Curry)、ハーヴィー・ローガン(Harvey Logan)と弟のロニィー・ローガン(Lonny
Logan)であることだ。というのは、3人組は昔からの知り合いで、牧羊業者のジョン(John C. DeVore)の小屋に事件の翌日立ち寄り腹ごしらえをしているからだ。

ハーヴィー・ローガン(Harvey Logan)。
この写真はサンダンス・キッズらと組んで
1897年にベラ・フォーシュの銀行を襲い、
失敗し逮捕されたときのもの。
手錠を掛けられている。その後脱獄している。
一旦見失ったワイルドバンチの逃走路を見つけた追跡団は狂喜し、50人で小屋を取り囲んだが、何分かの差で取り逃がしてしまったのだ。だが追跡団は3人組の蹄の跡を追い、すぐに3人組に追いつき、派手な銃撃戦を展開したのだ。3対50では追いつかれた時点で勝負は決まったようなものだ、と誰もが思ったに違いない。
ユニオン・パシフィックの公安官、カスパーのシェリフ、郡のシェリフ、多くのボランティア保安官補からなる追跡団は混乱していたのだろう。おまけにナトロナ郡から救援に来ていたシェリフのハイゼン(Hazen)が胃袋を打ち抜かれ、追跡団に加わっていた医者(J.
F. Leeper)が応急処置をし、カスパーにハイゼンを送り返す作業が隙を生んだのだろう。3人組は絶命の危機を脱し、まんまと逃げおおせたのだった。その後の彼らの行方はかき消したように不明のままだ。
不運なシェリフ、ハイゼンはカスパーの町からさらに医療設備の良いダグラスまで運ばれたが、出血多量で亡くなった。
…-つづく
第74回:ウィルコック列車強盗事件
その3

