第72回:ウィルコック列車強盗事件
更新日2008/03/27
メディスン・ボウ(Medicine Bow)、"薬の弓"とでも訳したらいいのだろうか、奇妙な名前である。ワイオミング一帯に広く住み着いていた、アラパホ・インディアンとシャイアン・インディアンの呼び名がそのまま英訳され、パイオニアたちに引き継がれたのだろう。もともとこの土地に弓を作るためのよくしなり、弾性に富んだ木が採れ、"良いもの""優れたもの"をメディスンと先住民族は呼び習わしていたところから、"優れた弓の取れるところ"をメディスン・ボウと呼んだことに由来する。
今、メディスン・ボウ国有林は広大な三つの、かなりかけ離れた地域の名前になり、かつ二つのメディスン・ボウ国有林の中間に位置する小さな村の名前として残っている。メディスン・ボウ一帯に初めて入ってきた白人はビーバーの罠師たちで、1830年代にはララミー川やノースプラッツ川沿いが彼らの主な狩猟場になっていた。一挙に開けたのはユニオン・パシフィックが1868年に鉄道を通してからだ。
今、ララミーからゆるやかにうねった丘陵を走る国道30号線を北上すると、メディスン・ボウやウィルコックの村、と言うよりは、村の残骸を通り抜けることができる。ゆっくりと車を走らせ、余程標識に注意を払っていなければ見過ごしてしまうような、マバタキをしている間に通り過ぎてしまう村だ。この村が1880年代に毎日2,000頭もの牛を積み出していたことを思い起こさせるものはなにもない。

人口600人のメディスン・ボウには、それでも町の入口に
真新しい立て看板があるが、ウィルコックの村には何もなかった。
1899年6月2日、メディスン・ボウの南東15マイルのウィルコック近くで、オマハから西に向かって走っていた現金輸送車付きの旅客列車が、線路上に赤い救難フレイアーを見て急停車した。夜中の2時半だった。この列車にはロックスプリングでユニオン・パシフィックが経営する炭鉱の支配人のグリドリー(Finley
P. Gridley)が乗車していた。グリドリーは彼の娘二人をオマハの寄宿学校に送った帰りの一人旅だった。
車中で同郷、ロックスプリングで事務所を構えているワイルドバンチの顧問弁護士ダグ・プレストンも乗り合わせ、同席した。この二人と機関士(W.
R. Jones)、火夫、現金輸送車の乗り込み管理責任者の事務官・ウッドコック(E. C. Woodcock)の証言から、かなり正確な事件の様相を知ることができる。
列車を止めたのはバンダナで顔を隠した二人のアウトローだった。襲撃団の二人は、機関士と火夫に客車を切り離し、機関車と現金輸送車一両だけでウィルコックの西数マイルにあるクリークに架かった小さな橋を渡るように要求した。機関士のジョーンズがためらいを見せると、若い方のアウトローが脳天をリボルバーの銃床で殴りつけ、脅しをかけたところ、もう一人の明らかにリーダー格のアウトローが若い方に、「殺すんじゃない」と諫めた。
ニ人組みの刑事が一人は突っ込み役、もう一人がなだめ役を演じドロを吐かせるのに似ている。昔から使い古されてはいるが、効果的な方法のようだ。
機関士は客車を切り離し、機関車と現金輸送車だけで橋を渡り、アウトローの指示したところで停車した。そこにさらに4人のアウトローが待ち構えており、現金輸送車の両サイドに二人ずつ配置に付いてから、輸送車のサイドドアを叩き、ドアを開けろと中にいた事務官ウッドコックに叫んだが、ウッドコックがそれを拒否すると、アウトローの一人がダイナマイトでドアを吹き飛ばすから後ろに下がっているようにウッドコックに指示し、ドアだけでなく車両が半壊するほど爆破し、さらに鋼鉄の塊のような金庫のドアを10ポンド(約5キロ)のダイナマイトで吹き飛ばし、現金、約3万ドルを持ち去ったのだった。
機関士のジョーンズは頭を殴られたにもかかわらず、この6人組がとても紳士的であり、よく統率が取れていたと証言している。
映画『明日に向かって撃て』のシーンそのままの展開だった。事務官のウッドコックは余程ワイルドバンチとのめぐり合わせがよかったのか、悪かったと言うべきなのか、1年後、ティプトン(Tipton,
Wyoming)でワイルドバンチが列車強盗を働いたときにも乗り合わせている。これも映画に上手に組み込まれ、愉快なエピソードになっている。
停車したままの客車に残されていたグリドリーは異変を感じ、自ら暗闇の中を歩いて機関車と現金輸送車へ向かった。小さな橋はすでに爆破されていたが、クリークを渡り現金輸送車にたどり着いた時にはすでにアウトローたちは逃げ去った後だった。万が一グリドリーがいち早く現場に着き、アウトローたちと対面したところで何もできなかったことだろう。ワイルドバンチたちはこの周辺の地理を熟知しており、夜間に馬を飛ばす土地勘と、夜にもよく効く目を持ち、逃走経路にリレー点を設置し新鮮な馬を待機させてあったのに対し、グリドリーには馬すらなかったのだから。
6月の早い朝が明け始め、グリドリーはワイルドバンチが置き去りにした50ポンドのダイナマイトを見つけ、逃走した馬の足跡がくっきりと残されているのを確認し、一旦客車に戻った。グリドリーの談話によると、彼が客車の自分の席に私物を取りに戻ったところ、ワイルドバンチお抱えの専門弁護士、ダグ・プレストンが血相を変え、「私を撃つな、グリッド。撃たないでくれ。私にはアリバイがあるではないか」と叫んだというのだ。これではアリバイどころか、ダグ・プレストンがこの列車強盗のことを事前に知っていたことを白状したようなものだ。オマハからのこの列車に乗り合わせたのも偶然にしてはできすぎている……と見られても弁明のしようがない。
しかし、ここが弁護士の弁護士たるゆえんなのだろうか、ユニオン・パシフィック鉄道の刑事たちも、シェリフも、ダグ・プレストンとウイルコック列車強盗事件を関係づける具体的事実を挙げることができず、両者の関係は現在に至るまで"灰色"のままだ。
…-つづく
第73回:ウィルコック列車強盗事件 その2

