■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]




第1回〜第50回までのバックナンバー

第51回:Butch Cassidy_キャスル・ゲイト その2
第52回:一つの鮮やかな成功は常にモノマネザルを呼ぶ
第53回:ミーカー銀行強盗の怪
第54回:マッカテ ィー一族 その1
第55回:マッカティー一族 その2
第56回:マッカティー一族 その3
第57回:マッカティー一族 その4
第58回:ブッチのエピソード その1
第59回:ブッチのエピソード その2
第60回:The Sundance Kid (サンダンス・キッズ) その1
第61回:サンダンス・キッズ_その
第62回:サンダンス・キッズ_その3
第63回:サンダンス・キッズ_その4
第64回:サンダンス・キッズの初仕事
第65回:ベレフォーシュ銀行強盗
第66回:アウトローと愛国心
第67回:ジョー・ウォーカー その1
第68回:ジョー・ウォーカー その2
第69回:自分の葬式に参列した男


■更新予定日:毎週木曜日

第70回:ジム・ローウズという男

更新日2008/03/13


ユタからアリゾナの州境に広がるこ荒地。

ジョン・ウォーカーの殺害は、一つの警鐘だった。

ワイオミング、ユタ、コロラドの3州の知事はソルトレイクシティに集まり、州境を越えたアウトー対策に乗り出すことにしたのだった。それだけ、牛泥棒が各州の経済に及ぼす影響が大きくなっていたのだろう。政治的に大きな力を持つ牧場主たちからの強い圧力もあり、鉄道会社も列車強盗対策に本腰を入れ始めた時でもあった。超州派の取り締まりが必然的な流れになってきたのだ。

何万、何十万頭の牛を四国、九州サイズの広さの土地に放牧している大牧場主から、流れカウボーイたちが利益と多少の危険を伴うスポーツ感覚で、数十頭程度掠め取ることができた時代は終わったのだ。中小の牧場主たちも、生肉業者も安定を望み始めたのだ。

鉄道網が西に向かって網の目のように広がって行くに従い、牛を追っての勇壮な長旅(カトル・ドライブ)はなくなり、せいぜい100〜200マイル牛を移動させれば最寄りの鉄道積み出し駅に着くことができるようになった。長いカトル・ドライブを狙って、牛泥棒たちが牛を掠め取るチャンスがそれだけ少なくなってきたのだ。

おまけに、小者の牛泥棒の首にも500ドルからの懸賞金が掛けられるようになった。ワイオミングのホール・イン・ザ・ウォールや3州にまたがるブラウンズ・パークはもはやアウトローの聖域でなくなり、最後の砦"盗賊たちの隠れ家"ロバーズ・ルーストへも追手が迫ってきた。


ハンクスヴィルからロバーズ・ルースト(盗賊たちの砦)に
入るのは今でも食料、水、キャンプ道具と
スザマジイ寒暖の差に耐えうる体が必要だ。
瓦礫の砂漠と峡谷のハイキングは山登りとは
異質のものだった。年間50〜60日は山歩きをしているが、
これほど心理的にも肉体的にきついハイキングはしたことがない。
脱水状態でヒート・ウェーブにやられたのか、
ガラガラ蛇にやられたのか死んで間もない犬が転がっていた。

ジョー・ウォーカーとジョン・ヘリングを殺し、他の二人を逮捕したUSマーシャルのブッシュが、ロバーズ・ルースト掃討作戦の指揮に当たることになった。この大掛りな官憲グループはまずモアブに集まり、ルーストの玄関口であるハンクスヴィルで食料、弾薬、キャンプ用品、乗り換え用の馬などを揃え、補給用の馬車に積み込み、ルーストへの案内役を雇い入れ、ルースト掃討作戦最後の準備を行った。

当時としては前代未聞の一日当たり100ドルの諸経費を州が認めていたから、いかに州がワイルドバンチ掃討に力を入れていたか測り知ることができる。それまで追跡団は基本的に成功報酬の仕事だった。

9名からなるロバーズ・ルースト掃討団はダーティー・デビル川を渡りルーストに入り込み、入り組んだ谷へ深く入って行ったが、ルーストはモヌケのカラだった。

当たり前のことだが、それだけ大掛りな掃討団を組織すれば、牛泥棒サイド、ワイルドバンチ側にも情報は筒抜けになっていた。ましてモアブやハンクスヴィルのようなアウトロー・シンパの多い土地で掃討作戦の準備をすれば、ルーストにいるワイルドバンチの面々に、「これからお前たちを捕まえに行くぞ」とご丁寧に知らせてやっているようなものだ。

掃討団は引き返す道で、偶然馬泥棒のシルバー・ティップ(Silver Tip)に出会い、運の悪い馬泥棒を逮捕しているが、これは行きがけの駄賃だ。


ユタ州からアリゾナ州へ抜けると巨大な岩が
砂漠を突き抜けるように聳え立っているのに出くわす。
ジョン・フォードの西部劇でお馴染みのモニュメント・ヴァリーである。
今はナバホ族が管理する国立公園になっている。
ここのキャンプ場はモニュメントを見下ろす高台にあり、
ランキングをつけるなら5ツ星、最高のロケーションだ。
何度訪れても壮絶な朝陽や夕陽に息を呑む思いだが、
満月を狙って一夜過ごすのがまた格別だ。

アリゾナ、ニューメキシコの両州は、メキシコと国境を接した広大な辺境だった。今でもアリゾナ、ニューメキシコ州からメキシコに入るのには、税関もイミグレーションもなく、アメリカから出る分には全く自由だ。当時はメキシコからアメリカに入るのも全く自由で、国境は政府が地図の上に引いた一本の線でしかなかった。

加えてアメリカ全土が州単位で独立国の様相を持っていたとき、アリゾナ、ニューメキシコ州では州内のカウンティー(郡)単位で独自の政庁を持ち、協力しあうことがなかった。悪い意味でのアメリカの独立性、個人主義が強く打ち出した州だった。また、そんな砂漠の辺境の町に保安官のなり手もなかった。酔っ払った末、人を殺したワイアット・アープがアリゾナ州に逃げ込み、メキシコとの国境近くの町トム・ストーンの保安官に納まることが可能であった土壌なのだ。


モニュメント・ヴァリーを過ぎ、さらに南下すると峡谷に入り込む。
恐らくこのルートを使ってアウトローたちはアリゾナの懐深く
分け入り、ニューメキシコへ抜けたことだろう。

アリゾナ、ニューメキシコ州は、アウトローにとって理想的な逃げ込み寺だったのだ。ただこの平坦で広大な地形は手近なシゴト、牛・馬泥棒も列車強盗もやりにくく、隠れているには安全だがシゴトにならない場所ではあった。

ニューメキシコ州のアリゾナ州境に近いサン・フランシスコ川沿いの村、アルマ(Alma)の近くに軍人上がりのイギリス人、ウィリアム・フレンチ(William French)がWS牧場を買った。登記書によると1887年に譲渡契約をしている(James H. Cookから購入)。フレンチはそれなりの資金と牧場経営に対する情熱は持っていたが、乾燥した広大な土地での牧畜の経験はほとんどなかったと言ってよいだろう。

それから11年経った1898年の夏前にフレンチは二人の流れカウボーイを雇い入れた。フレンチはこの二人のカウボーイ、ジム・ローウズとウィリアム・マックギニスが他のカウボーイに比べ教養のある話し方をし、牛や馬を扱う技術に長けているのに深い感銘を受け、その場で即雇ったのだった。彼の判断は間違っていなかった。

-つづく

 

 

第71回:ジム・ローウズという男 その2


TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 コラム・バックナンバー
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・現在連載コラム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【TukTuk Race 】 
フロンティア時代のアンチヒーローたち 】 【亜米利加よもやま通信 】 【よりみち
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・掲載完了イチオシコラム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  [拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ] [岩の記憶、風の夢 ]

   
このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこ・ち・らまで。

Copyrights 2008 Norari