■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]




第1回〜第50回までのバックナンバー

第51回:Butch Cassidy_キャスル・ゲイト その2
第52回:一つの鮮やかな成功は常にモノマネザルを呼ぶ
第53回:ミーカー銀行強盗の怪
第54回:マッカテ ィー一族 その1
第55回:マッカティー一族 その2
第56回:マッカティー一族 その3
第57回:マッカティー一族 その4
第58回:ブッチのエピソード その1
第59回:ブッチのエピソード その2
第60回:The Sundance Kid (サンダンス・キッズ) その1
第61回:サンダンス・キッズ_その
第62回:サンダンス・キッズ_その3
第63回:サンダンス・キッズ_その4
第64回:サンダンス・キッズの初仕事
第65回:ベレフォーシュ銀行強盗


■更新予定日:毎週木曜日

第66回:アウトローと愛国心

更新日2008/02/14


愛国心は不思議な感情だ。自分が生まれるときにどこに、どのように生まれるかの選択の余地はなく、すべての人間は"偶然"その土地、その時代に世に出てきただけなのだが、その土地への愛着が"国"という具体的な形を得て、愛情に育っていくのだろうか、それとも人間の持つ自己肯定的心情が偶然生まれた国土に執着を呼び起こし、それが愛国心になるのだろうか。

移民集団のアメリカでも、独立戦争が愛国心に火をつけ、アラモの砦が壊滅したとき再燃し、南北戦争ではアメリカの分離を許さない一つの国としての合衆国の感覚が形作られた。もっとも遅れてきた移民は、常に激しい偏見や差別と戦わなければならなかったし、雑多な人種の集合からなるアメリカでは愛国心が民族的感情に結びつくことはなかった。

戦争を始めるのは理詰めではない。それ以前から長く深い鬱積があり、何かのきっかけさえ掴めばよいのだ。それが国民感情に強く訴えかけるセンセーショナルな事件であれば、ビンゴ、それ行け! となる。

キューバのハバナ湾で、アメリカの軍艦メイン号が爆破され沈んだ。アメリカはスペインが爆弾を仕掛けたと主張し、スペインに対し戦線布告をした。メイン号轟沈の原因は未だに不明のままだが、そんなことはどうでもよかった。アメリカにとってはきっかけになる事件が必要なだけだった。遅れて植民地獲得に乗り出したアメリカは、なんとか植民地分割に割り込もうとチャンスを狙っていたところ、絶好のチャンスが到来したというわけだ。

軍艦一隻の誤爆なら、賠償を請求すれば済むことだ。だが、アメリカは戦争がしたくて、植民地が欲しくてたまらなかったのだ。明治維新後の征韓論を思い起こしてもらいたい。自国の勝手な都合で戦争を仕掛けられる相手の国はたまったものではないのだが。

米西戦争は、典型的な植民地戦争だった。戦場になったのはキューバ、プエルトリコ、フィリピンなどの旧スペイン植民地で、一番傷つき、被害をこうむったのは現地の人間だった。結果、アメリカは勝ち、プエルトリコ、フィリピン、グアム、キューバのガンタナモ湾などを勝ち取り、カリブとアジアに基点を置くことになった。

1898年4月24日、アメリカ合衆国はスペインに対して宣戦布告したが、そのときの熱狂は日清、日露の戦勝に比べれば当たっているだろうか。東部の新聞も西部の田舎町の新聞も、今こうしてみるとあきれるくらい開戦大賛成、悪の根源スペインをやっつけろ、スペインの支配下で苦しんでいる地元民を解放せよ、今こそスペインの横暴を正義のアメリカが取り締まる時だ、と100パーセント、戦争を支持し、国民の熱狂を煽っている。開戦反対の論評は見当たらないほどだ。

こんな熱狂が大西部のカウボーイたちにも及んだ。ワイオミングで引退し、弁護士事務所を開いていた元将軍ジェイ(Jay L. Torrey)は、銃や馬の扱いに長けたカウボーイ軍団を組織することを提案した。彼の議案がたった2週間で国会の承認を得たことは、アメリカ全体がいかに戦争に沸き立っていたかを物語っているといってよい。ジェイ将軍に即座に25万ドルという予算が与えられたのだ。


10月末、まだスキーシーズンには間がある
スティームボート・スプリング。
現在、温泉も湧く高級スキー&ゴルフリゾートになっている。

愛国の嵐に感化されたのか、もともとブッチ・キャサディの愛国心が強かったのか、彼もアウトローに招集をかけた。コロラド州のスティームボート・スプリングにワイルドバンチの面々を集めたのだ。

スティームボート・スプリングにアウトローが集まったところまでは事実なのだが、その後、ブッチがどのような交渉を戦時局やジェイ将軍としたかの記録がないので、口伝に因るしかない。ブッチはワイルドバンチを一つの独立した騎馬隊として参戦させる交換条件として、参加したアウトロー全員の恩赦を求め、加えて戦時中は列車強盗を"お国のため"中止するというオマケまでつけた……というのだ。

このオハナシには裏付けがあり、1898年の初めに軍が大量の兵器、弾薬の輸送を列車で行おうとした時、最大の懸念はワイルドバンチの一行に、その列車を襲撃されはしないかということだった。実際、大掛りな護送私兵を列車護送用に雇い入れたりしていた。

ブッチはワイオミング州知事のRichardsに、今この開戦時に軍関係の列車は襲わないから、護衛の私兵などは無用のことだと約束し、実際に護衛なしで列車は無事に輸送を終えている……と西部史家のA.F.C.Greenは書いている。残念ながら、この逸話の出典をGreenは明らかにしていない。事実関係だけで言えば、軍用列車護送のための私兵やガードマン募集は途中で打ち切られ、護衛なしで多くの軍用列車は無事に大陸を渡っている。

アウトローの恩赦というブッチの交換条件には無理があった。合衆国政府は戦争追行に関し全権力を持っていたが、州単位で指名手配されている犯罪人に恩赦を与える権限は持っていない。州内で起きた事件で手配されている犯罪人の恩赦の権限は、あくまで州知事が握っているのだ。

ブッチの召集した愛国アウトロー集会は結局、団体交渉?に満足な返答を得られないまま解散したが、その中から幾人かのアウトローは義勇軍として参戦している。

どこかの国の政府なら、ブッチのアウトロー軍団の案を受け入れ、もっとも死亡率の高い最前線へ送り込むことくらいやりかねないし、またはアウトロー軍団を受け入れるとしておいて、全員集合したところを一網打尽に逮捕するような奸計(悪だくみ)を謀ったりもしなかった。この時代のアメリカには、まだヨセフ・フーシェやマキアベリは育っていなかったのだ。

ジェイ将軍のカウボーイ軍団は、第二騎馬義勇軍として移送の途中、6月26日、ツペロ(Tupelo;ミシッシッピー州)で列車事故に遭い、戦場にたどり着くことはなかった。

-つづく

 

 

第67回:ジョー・ウォーカー その1


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