第13回:Robbers Roost 泥棒砦
更新日2007/01/18
ブッチが馬を追いながら旅をした、ユタ州のキングストンからコロラド州のテリュライドの間には広大な高原砂漠が広がっており、さらにその大地を鋭い爪ででたらめに引き裂いたような深い峡谷縦横に走っている。そしてコロラドに入いると険しいサンファン山脈の峠越えがある。もちろん馬車の通れる道などなく、何箇所も途中で消えてしまうハイキングトレイルのような踏み付け道があるだけだ。

ハンクスヴィルの初期のモルモン教会。
廃家になっており、その隣に石作りの
立派な教会を建て直している。
ブッチはブラウン大尉たちと北西に馬を進めヘンリー山を北に迂回し、現在ハイウェイ24号が走っているルート、フレモント川に沿ってハンクスヴィルに入ったと思われる。ハンクスヴィルは荒野の中に忽然と現れたようなモルモンの村で、北50マイルにあるグリーンリバーの町を例外にすれば周囲100数十マイルに町らしい町どころか村すらなく、したがって道路さえ通じていないような開拓部落だった。ハンクスヴィルにはモルモン教徒とアウトローの二種類の人間しかいないと言われた。

ハンクスヴィルの雑貨屋。
左の小屋の上に"STORE"の看板が見える。
この店が、広大な高原砂漠地帯唯一のものだった。
写真は1900年始めの頃だと思われる。
店の持ち主はCharles Gibbonsなる人物だった。
牛、馬泥棒の大親分、ブラウン大尉のヘッドクォーターはハンクスヴィルの南東に広がる荒地にあった。南西はその名も"薄汚い悪魔川"(Dirty
Devil River)、南東はコロラド川という乾季でさえ渡河が非常に難しい二つの河にはさまれた三角地帯は広大な荒地で、切り立った複雑な峡谷は迷い道そのものである。この峡谷がアウトローたちにとってかっこうの隠れ家を提供し、その名も、"盗賊たちの隠れ家"(Robbers
Roost)と呼ばれている。
ハイキングガイドブック*1を片手にRobbers
Roost"盗賊たちの隠れ家"の谷を5日間歩き回ったが、いささか気が滅入るハイキングだった。というのはそれほど高くはないにしろ、よじ登るには急すぎる岩が両面に迫り、それが際限なくウネウネと続くのだ。
岩壁のフォーメーションは奇観をなし、峡谷はそれなりに変化はあるのだが、視界がさえぎられているので、一体今歩いているところは昨日歩いた箇所と同じで、深い谷をグルグル回っているような錯覚に陥るのだ。ところどころ、峡谷を登り台地に出ることはできるが、その台地を汗を乾かしてくれる心地よい微風とともに進むとまた突然足元がえぐられるような絶壁の上に立たされていることに気づくのだ。
鳥ならばいとも簡単に10分もかからずに隣の谷へと移ることができるのだが、足で渡るなら、谷底を20〜30キロも迂回しなければならい地形だ。この谷は地形を知りぬいた者しか入り込むことはできない天然の城砦と言ってよい。
ガイドブックと詳細な地図、それにコンパスを片手にしながらも、いったい今自分がどこを歩いているのか、これが妥当な道なのか(最もハイキングトレイルと呼べるような踏み付け道もないが)、どこかとんでもない峡谷に迷い込んだのか確信が持てないのだ。
山登りで胸を突くような岩山を這い登るのは肉体的な苦痛を伴うが、いつかは頂上に着くという見通しがある。この谷底歩きは標高差が200〜300メートルしかなく、息が切れることすらないが、同じよな岸壁とU字の谷底を果てしなく歩くのは心理的にキツイことを知らされた。

このような谷が、延々と続く。
砂漠の峡谷でのキャンプは水場をあらかじめチェックし、
ピンポインしておくことが鍵になる。
散々脅かされたガラガラ蛇は一度しか見なかったし
サソリにはお目にかからなかった。
この入り組んだ谷の集合体が始めは馬や牛泥棒たちに、その後ブッチの率いるワイルドバンチ、列車、銀行強盗たちの絶好の隠れ家になったのは、そんな地形がよそ者を寄せ付けないことと、夏の猛暑の下でも枯れない水場が何箇所かあったからだ。
この三角地帯に二つの主要なトレイル、ヘンリーマウンテン方向から入るエンジェルトレイルと南にコロラド川を渡りモンテチェロ(Monticello)へ抜けるスパニシュトレイルとが通っている。この既存のトレイルと自然の地の利を生かし、盗賊どもの隠れ家、いわばアウトローのヘッドクォーター、聖域を築いたのはブラウン大尉の卓見である。
この泥棒砦(Robbers Roost)に生まれ育ち、後にアウトローの研究家になった、パール・ベイカー(Pearl
Baker)*2によると、1884年にブラウン大尉とブッチがここに居たことは既存の事実のようだ。最もユタの中東部から人目につかずに20数頭の馬をコロラドのテリュライドへ移動させるにはこのルートしかない。
ブッチはマーシャル牧場時代にマイク・キャサディからカウボーイのイロハと牛、馬泥棒の手ほどきを受けたが、18歳の春、ブラウン大尉との、恐らく2ヶ月近いこの馬移送の旅で実習体験講座を受講したことだろう。砂漠でのキャンプの仕方、幾日も馬を疲れさせずに乗り、かつ20数頭の馬を常に監視下に置き、決して散らさない方法、インディアンの襲撃から馬を守る方法など、後に役に立つ現場の知識を吸い取ったに違いない。またそれ以上にブラウン大尉のリーダーシップ、ならず者集団を把握統率するやり方を老将軍足下に従軍した見習い将校よろしく目の当たりにしたのだろう。
彼らはコロラド州のテリュライドに無事馬を運び、良い値段で売りさばき、ブラウン大尉は泥棒砦に帰り、ブッチはそのままテリュライドに残った。ブッチは金銀の鉱石を鉱山からミュールを連らねて、狭い谷底にあるテリュライドの削岩選別工場まで運ぶ仕事に就いたのだった。牧童に比べはるかに高い賃金に喜び、サークルビルの家へせせっと送金している。
ブッチがサークルヴィルから連れて行った、彼の持ち馬ベイブは売り、仔馬のコーニシュは村の北はずれにある牧場に預けたが、これが後に問題を起こすことになる。
*1:Hiking
and Exploring Utah's Henry Mountains and Robbers Roost by
Michael R. Kelsey, Kelsey Publishing
地質学者でもある作者が文字通り足で書いた、頼りになるガイドブック。
*2:The Wild Bunch at Robbers
Roost by Pearl Baker, Abelard-Schuman Publish
泥棒砦で育った人間が居るのも驚きだが、そんなところで育ったカーガール(Pearl Bakerは女性なのでCowgirlか)が一流のライターになったことも凄い。多くのアウトロー研究家はパール・ベイカーの作品は史実的正確さに欠けるとして、重きを置いていない。確かにそこここに挿入されている会話文は、時に何でそんなことまで知っているの? と言いたくもなるが、なんといっても、まだワイルドバンチの土ホコリが舞い上がっているような土地の雰囲気がそのまま伝わってくるような貴重な本だ。
…-つづく
第14回:Butch
Cassidy テリュライド

