第14回:春の訪れ更新日2006/06/01
アメリカ中西部の春は、“トルネード(竜巻)”とともにやってきます。
お昼の12時にサイレンのテストがあり、遠くからサイレンが聞こえてくると、それに応えるように、教会の鐘が早打ちに鳴り、学校では8年生のトルネード係が握りの付いた小さな鐘を振ります。それから1年生を先頭に学年順に地下室に避難します。
中西部の家には必ずと言ってよいほど地下室があり、使わなくなった、家具、ベビーベッド、保存食品(トマト、グリーンビーンズ、ジャム、豚の塩漬けなど)、加えてガラクタ置き場になっていますが、本来はトルネードの避難場所として造られたものです。
ゆっくりとした鐘の音がトルネードが去ったこと告げると、私たちは暗い地下室から這い出て、目も眩むような太陽の下で遊ぶのでした。
実際にトルネードに襲われた経験はありませんが、どこそこにタッチダウンした(そうです、アメリカンフットボールと同じ表現で、Touch
Downと言います)という話はよく耳にしました。
春の訪れとともにお百姓さんは急に忙しくなります。春先には子牛が生まれるので、お産の世話もしなければなりません。牛を集め、持ち主を示す焼印を押さなくてはなりません。これをブランディング=Branding(高級ブランドものというときのブランドです)と呼びますが、見るのさえ辛い作業です。
牛の毛や皮が焼ける嫌な臭いと、暴れる牛の悲鳴とで陰惨な情景を作ります。しかし焼印を押さなければ所有権を主張できず、迷子牛は見つけた人のものになってしまいます。
ディッピング=Dippingという作業もあります。牛を先細りになった柵に追い込み、皮膚病や寄生虫予防のために消毒液の入った細長いプールに漬けるのです。牛は反対側から黄色がかったベージュ色に染まって出てきます。
デホーンニング=Dehorningという作業もあります。日本の牧場でなんと呼んでいるのか分からないのですが、牛の角を切り落とし、それ以上生えてこないよう処置することで、この作業も危険で残酷なものです。
角牛をコの字型の木枠に縛りつけ、角を切り落とし、その切り口を苛性ソーダー(だと思いますが)のような強い酸で焼き、角が生えてこないようにするのです。
ウイルカーおじさんはこの角切りがとても上手で、角の根元近く、しかし出血させない場所を正確に見極め、金ノコで切り落とします。下手な人がやると、切り落とした角の中心部から血が吹き出て悲惨なことになるし、あまり角の根から離れたところを切れば、翌年またそこから角が生えてくることになります。
家畜を飼うことには、常にこのような残酷さが付きまといますが、"去勢"はその中でも最たるものでしょう。私が菜食主義に(原理主義者のようにガチガチの信条ではありませんが)なったのも、動物たちのそんな姿を多く目にしたからかもしれません。
去勢は牛、馬、豚、羊、すべての家畜に対して行われます。早く言えば玉の部分を切り取るか、抜いてしまうわけです。牛、馬、豚用にはカギになった専用のナイフを使い、羊は牧童がその部分に食らいつき彼の歯で玉を抜き取ります。
そのための簡単な道具もあるにはありますが、なんといっても人間の口と歯でやるのが一番確実で早いそうです。お父さんは子供の頃から羊の去勢をやっていた(やらされていた?)ので、今でもとても立派な歯を持っていると自慢していますが、どんなものでしょうか。
切り取った、または抜き取った"玉"は、もちろんのことですが、食べます。"山の牡蠣"(Mountain
Oyster)と呼ばれ、珍味とされていますが、もともと生牡蠣など見たことも、食べたことないお百姓さんが勝手につけた呼び名ですし、牡蠣に似たところなど全くないと思うのですが…。また、"山の牡蠣"は男性をさらに男らしくさせるのに絶妙な効果がある…ということですが、保障の限りではありません。
ともかく、家畜の去勢のような荒行は男性の仕事と決められており、私が女性として生まれてきてよかったと思う、数少ない瞬間です。たとえ"山の牡蠣"の効用を体現できないにしろ…。

近所の子供たちと。当時、写真は写真屋さんに行って
正装をして撮るものでしたが、お父さんが
箱型のブローニーカメラをどこからか手に入れきてから、
写りの悪いスナップ写真がたくさんの思い出を
残してくれるようになりました。一番右が私です。
-…つづく
第15回:ジプシーの幌馬車

