第689回:“継続は力なり”
週一で町に降り、大学の図書館を利用しています。そのついでに一週間分の食べ物も買ってくるのが習慣になってしまいました。その図書館で元の同僚の英語の先生ジョンに会いました。ジョンは他にたくさんいる博士号を持っている教授たちより、ズーッとよく勉強し、いつも本を書き、出版しているのですが、大学では臨時講師のように、給料は博士号を持っている終身雇用で身を守られている教授連の半分くらい、しかも次の学期に首を切られるかもしれない不安定な条件で教えています。
というのは、ジョンは修士号しか持っていないからで、彼なら簡単に博士号を取れると思うのですが、彼自身、二人の娘さんを育てるのに忙しく、お金がかかり、とても博士号ために2、3年を費やすことなどできない…と言うのです。
そんなジョンが少し照れながら、彼が書いた新刊本がコロラド州の年間最優秀文学賞、出版賞の最終候補まで行ったと、告白するように教えてくれました。ジョンは20年前に知り合った時から、毎年のようにエッセイ、小説などを書き出版していました。今回のように、賞の最終候補に残るだけでも大変なことです。私の勤めていた大学から、生物学の先生が畑違いのジャーナリスティックで文学的な作品でピュリツアー賞を受賞しましたから、ジョンにもその可能性が大いにある…と私は踏んでいます。
それにしても、ジョンのように一つの物事を何年も続けるのは大変なことです。ダンナさんの友人でも俳句をかれこれ30年以上続け、日本の代表的な俳句雑誌に載るようになった人がいます。
このような、個人的な創作ではなく、社会運動も継続していくことがいかに大切なことであるか、黒人の市民権運動がよく示しています。社会運動は過激に走りやすく、先端を走り、戦闘的な運動を繰り広げている人、グループは、長続きしない傾向があるように見えます。
環境破壊に対する市民運動は、相手が政府であったり、大企業の場合が多く、たとえ裁判まで持ち込めたとしても、向こうさんはお金に糸目を付けず専門の弁護団を組織し、かつそのような市民団体の弱みをたくみに突いて、個人的なスキャンダルをマスコミに流したり、買収を計ってきますから、運動が成功する確率はとても小さくなってしまいます。
1996年にジュリア・ロバーツ主演の映画『エリン・ブロコヴィチ(Erin Brockovichi)』が話題になり、しかもジュリア・ロバーツがアカデミー主演女優賞を受賞したりで注目を集めました。そのモデル、エリン・ブロコヴィチさん、今、60歳になりますが、新しい本を出版しました。タイトルは『Superman’s Not Coming (スーパーマンなど来やしない) 』で、彼女が1990年代にPacific Gas and Electric Company(パシフィック・ガス&電力会社)を相手取り、地下水汚染並びに河川の汚染で、結果的には住民が330ミリヨンドル(360億円相当;当時、垂れ流し汚染としては最大の賠償金額)を勝ち取った後も、主に河川、地下水などの大地汚染に対し、ズーッと社会運動を続けていることを知りました。
アメリカでは、裁判に持ち込むには莫大なお金がかかります。結果、泣き寝入り的示談で決着が付いてしまうことが多くなります。エリンさん自身は、社会運動を指導でき、裁判を巧みに操る弁護士どころか、汚染のエキスパート科学者でもありません。
エリンさんは私が大学院生の時に過ごしたカンサス州のローレンスの出身で、中高と特別教室(主に知恵遅れの子供たちのため)に入れられていました。といっても、彼女に知的障害があったわけでなく、Dyslexia(デスレクシア;文字や数字を読む時に順番が入れ替ったりする視的障害)があり、従って、本やテキストを読み、理解するのにとても時間がかかり、おそらく高校の先生たちも、こんな血のめぐりの遅い子、悪い子は、特別教室に回せ…とやったのでしょう。
彼女の特性を見抜き、いつも彼女を理解していたのは父親でした。彼はエリンさんをテキサス州のダラスにあるウエイド短期大学(Wade College)に入れましたが、エリンさん、そこも3ヵ月で止めてしまい、カリフォルニア、ロサンジェルスのケイマート(Kmart)で働いたりしています。最低賃金の仕事です。
そんなエリンさんが大地、地下水汚染の裁判で、歴史的な勝利を収めたのは、大企業の横暴、不正を許さない、自分たち住民、カリフォルニア州、ヒンクリー(Hinkley)の人たちの健康が損なわれていると確信し、長く苦しい戦いを継続してきたからでしょう。その過程で、パシフィック・ガス&電力会社は何度も懐柔、彼女に多少の現金を送るとか、恐喝じみたことまでしています。こうなると人間の強さの真価が問われることになります。頑固、石頭の人間の方が世渡りが上手で、出世するタイプの人より、大きなコトを成し遂げているのは歴史的な事実でしょう。
アメリカに何万人といる優秀な弁護士や水質、大気専門の大学の先生、科学者たちがとてもできなかったことを、エリンさんはやり遂げたのです。それだけでなく、その後30年に渡り、アメリカでヒンクリー同様の汚染問題を抱えている地域にどのように運動を進めるか、コンサルタント業を続けています。エリンさんは、自分で意識していないと思いますが、汚染裁判に先鞭をつけたのです。
エリンさんの汚染裁判がなかったら、ゼネラル・モーターズの町、フリントの有毒水道水汚染に対して立ち上がった市民運動は全く別の形になっていたでしょう。フリントは54%が黒人、しかも40%の住人が赤貧レベルの町です。
今、エリンさんが取り組んでいる汚染地域は300ヵ所もあり、その中でもカルフォルニア州のケトルマン(Kettleman City)は、ヒスパニックと呼ばれているメキシコ、中南米の小さな自作農のコミュニティーの汚染問題です。エリンさんはいつもこのような小さな地域に根ざした運動に手を貸しています。
汚染に関連したメールが、1ヵ月に1,000通彼女の元に舞い込むといいますから、彼女自身、驚き、呆れ、かつ疲れ果てているように見受けられます。それでも、地球規模から見ると小さな共同体の汚染問題に取り組み、戦い続けているのです。コミュニティー、地域に根ざした住民運動を継続していくことがいかに大切なことか、エリンさんが身を持って教えてくれているような気がします。
-…つづく
第690回:理想的な婦人像と“女大学”
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