第688回:安い食料はどこから来るのか?
私が実際に暮らしたことがある国は限られています。生まれ育ったアメリカは当然ですが、それにスペイン、日本、ヨットで巡り数ヵ月づつ滞在した、イタリア、そしてカリブの島々やベネズエラくらいのものでしょうか。その中で、ただ食べるためならアメリカが群を抜いて安上がりです。ベネズエラは肉、野菜など生鮮食料品は激安でしたが、加工食品、缶詰などのプロセスフード、早く言えば工場で加工された食品は高値でした。カリブの島はどこへ行っても、一体どうやって島の人たちは食べていけるのだろうか、こちらが心配になるほど食料品全体の値段が高いのです。何でも高い日本では、日本人並みの稼ぎがないと、とても生活しにくいところです。確かに、良い食品がたくさんあり、選択の余地があるのはうれしいことですが…。
そこへいくと、アメリカではアメリカ的な食生活で暮らす限りにおいて、とても物価の安い国です。言ってみれば、貧しい人が“デブ”でいられる国なのです。逆に安いプロセスフードと挽き肉(ハンバーガー)、狭い豚小屋でひたすら太るように育てられた豚、ホルモン、抗生物質入りの飼料ばかり食べている鶏はとても安いので、貧乏な人はそんなものばかり食べ、ひたすらデブリ、健康志向の裕福層は、値の張る無農薬野菜、ニワトリでもホルモン、抗生物質抜きで、野原を駆け回っている地鶏を値段に糸目を付けずに買いますから、どちらかと言えば、ほっそりとした体型を維持している傾向がかなりはっきりと見て取れます。
鶏肉の値段ですが、骨付きの腿肉は1キロ(100グラムではありません)250円相当、きれいに皮を剥がした胸肉で1キロ300円ほど、ローストチキンだと、小さめのは1羽500円、大きいものでも700円くらいです。それがケージフリー(狭い鶏舎ではなく、屋外を走り回っている)でホルモン、抗生物質なしだと、価格は一挙に倍以上に跳ね上がります。
それにしても、普通のニワトリの肉がどうしてこんな安く提供できるのか、このコロナ騒動の下で誰がどのような条件で働いているのか不思議でした。1羽のニワトリを飼い育て、成長した頃、殺し、羽をむしり、内臓を抜き、足、腿、手羽、胸のように腑分けし、パッケージを作るのには大変な人手を経なければできないことでしょう。ベルトコンベアに載って、オートメーション化するわけにはいかない作業のように思っていました。
ところが、鶏肉産業は飼育するところから始まり、恐ろしいほど合理化されているのことを知りました。
とてつもなく大きな、バスケットボールのコートが5、6面取れるほどの広さのある鶏舎が建ち並び、そこに、東京、大阪のラッシュアワーの電車並みにニワトリが詰め込まれ、そこで太るように調合されたホルモンと、病気に罹らないよう抗生物質入りの餌を与えられ、短い期間で大きくなるように飼育されています。
腑分け、加工工場は、世の中にこんな機械があるんだ、と呆れるくらいの流れ作業で、これを見たら、ベルトコンベア方式を初めて採用したといわれる初代のフォードさんも腰を抜かすでしょう。
片方の入り口から生きた鶏を入れたら、何分とかからずに反対側の出口からスタイロフォームのお皿に載り、ラップを掛けられ、パッケージになって出てくると思えるほどスピード処理が徹底されているのです。ところが、工場の中では殺され、肉になる鶏と同じくらいの数の(これはチョットどころか、盛大に大げさですが…)作業員さんたちが働いているのです。しかも、このような鶏肉工場での仕事は、とても危険で、事故発生率、ケガ人の数でいくと、炭鉱、製材所、製鉄所などより高く、しかも最低賃金なのです。
雑誌『ザ・ニューヨーカー』(The New Yorker;2020年7月20日号、Jane Mayerの記事)で、アメリカで「タイソン(Tyson)」と並び業界を牛耳っている大手の「マウンテア(Mountaire)」鶏肉プロセス工場をレポートしています。
これまでに、何度も、過剰なホルモン、抗生物質が肉に残り、食べ続けると健康に重大な影響を及ぼす…と消費者の観点からたくさんのレポートが出ましたし、私たちも記録映画を何本も観ました。でも、このザ・ニューヨーカーの記事は、鶏肉工場で働く人たち、劣悪な労働条件、どうしてアメリカでそのようなことが許されているのかを詳しくレポートしています。
その中で2015年から2018年の間に、2日に一人の割合で、工員さんが指や手を失っているのです。それでいて、大きな問題にならないのは政治献金のおかげで、たとえば2016年の大統領選挙でマウンテア鶏肉会社は、トランプに3ミリオンドル(約3億3,000万円)選挙運動資金を寄贈しています。現在、マウンテアの精肉工場は五つの州に工場があり、2.3ビリオン(2,530億円相当)の収益を上げています。
鶏の精肉工場での仕事は、中南米、メキシコから来たばかりの人たち、英語を全く話すことができない人たちが、一番簡単に就ける仕事です。アメリカに足を踏み入れた次の日からできる仕事なのです。彼らの足元を見透かすように、他の同種の人より平均24%低い賃金で使っているのです。その上、災害、労働保険などまったくなく、いつまで経っても、時間給の日雇いで、労働契約など存在せず、無視されています。
スーパーで売られている鶏肉のほか、ケンタッキーフライドチキン、チックフレー、フライイング・ルースター、ポジョ・アサド、ルースター、バッファロー・ウイングなどの鶏肉専門店のほか、ハンバーガー屋、ファミリーレストランなどで消費される量は膨大です。何と言っても安く、ボリュームがあるので鶏肉は大人気です。その影には奴隷労働的な条件で働かされている食肉工場労働者がいるのです。労働賃金が安いことに目を付けて、靴、衣服、家電など、すべての分野が我もわれもと工場を建てている中国でさえも、アメリカ産の鶏肉には太刀打ちできず、膨大に輸入しています。マウンテアの鶏肉も23%は中国、香港向けです。
コロナ禍により、アメリカの食肉産業が危機に陥るだろう、プロセス工場で働く人たちがコロナに罹り、生産できなくなるだろう…と言われてきましたが、なんのその、作業員さんたちはプロセス精肉工場では2メートルの距離どころか、肩肘つき合わせるようにベルトコンベアの前で働いており、3月に新型コロナがアメリカに入ってきてからも、牛、豚、鶏の肉がスーパーの棚から消えることなく、また値段も上がっていません。ノースカロライナにあるマウンテア鶏肉工場では1分間に140羽処理していたのが175羽に引き上げられています。
当然のことですが、食肉工場で働いている人たちの間でコロナ感染が広がっています。工場、企業主は新型コロナに感染した人は即2週間の無給の暇を出し、いくらでも補給の効く最低以下の賃金労働者を新規に雇うことで対応しています。こんな時にモノを言うのが膨大な政治献金です。いくら合衆国政府のU.S.D.A.(United State. Department of Agriculture;農業省)が、それらの工場に監査を入れ警告を発しても(15の条項で違反している)、親方トランプに鼻薬をたっぷり効かせてある鶏肉業界は安泰なのです。
私たち消費者が、一番先に目が行ってしまうのは価格、そして品質です。とりわけ健康に害がなければ、まずこの二つの条件で、懐と相談して買ってしまいます。この頃、私たちは抗生物質、ホルモン抜きと表示されている鶏肉を買うように心がています。それにしても、精肉工場で働いている人のことまで、気が回りません。
今まで口に入るものなら何でも飲み込むという主義?だったウチのダンナさん、鶏肉を買う時、スタイロフォームの皿をひっくり返し、貼ってあるステッカーを読み、マウンテア、タイソン製のモノは買わず、フリーレンジでホルモン、抗生物質なしを選び始めました。そして、できるだけ地元のモノを多少値段が高くても買うようにしています。
それにしても、鶏肉プロセス工場で働いている人の労働条件が良くなることには繋がらないのですが……。
-…つづく
第689回:“継続は力なり”
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