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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第765回:アメリカの銃と暴力文化

更新日2022/07/28


安倍元首相が銃撃されたニュースは、アメリカのゴールデンアワーのトップニュースになるほどショッキングな事件でした。ニュースキャスターも、世界で最も銃コントロールが厳しく、成功している国、銃による殺人が年間10人程度の国であること、日本の社会がいかに銃の恐怖から逃れ、安全であるか、それに比べ、我がアメリカでは年に4万件もの銃の事件が起こっていると言っていました。

そこでNBCは、『アメリカの一夜』という特集番組を制作、大都会である、ボルチモア、ヒューストン、シカゴ、フィラデルフィアの各都市の警察署にレポーターを送り、パトカーに一晩同乗させたのです。イヤー、驚きました。ひっきりなしに鳴る出動ベル、パトカーの前に据えられたカメラに映し出される銃撃戦、これは一体全体、戦争地域ではないかと思わせました。7月17日一晩で、ヒューストンで612件、シカゴで1,450件、フィラデルフィアで1,092件の発砲事件が起きていたのです。

安倍さんには大変お気の毒ですが、全体から見れば、手製の改造銃での暗殺事件などカワイイものに見えてしまいます。犯人が作った水平2連銃、ガムテープで二つのパイプをグルグル巻きにしてくっ付けた、実にお粗末な作品ですが、あれでさえ人を至近距離から撃ち殺すのに十分な殺傷力があるんですね。よくぞ犯人自身が暴発で怪我をしなかったものです。

それにしてもつくづく、日本で連射の効く狙撃用のライフルなどが市販されていなくて良かったと思わずにいられません。かなり前のことになりますが、アメリカの要人が日本を訪れる際、その人物を守るための警備体制を事前に視察しますが、そのシークレットサービス曰く、「日本の警備体制はローニンがサムライ刀で切り込んでくるのを防ぐにはあれで十分だけど、アメリカなら政治家は殆ど誰も生き残れないほど、銃殺されているだろう…。日本に長距離の狙撃銃、拳銃、短機関銃が出回っていないのはなんと素晴らしいことだ、日本なら、我々シークレットサービスは全員失業する」と、感嘆していました。

最近の大量殺人に使われている人気ナンバーワンの鉄砲はAR-15と呼ばれている元々戦争用に開発された連発できるライフルです。ベトナム戦争の時、M16、M14という、重い銃に取って代わり、銃デザイナーのユージーン・ストナーが作ったもので、持ち歩きやすく、遠く離れた標的を撃てると同時に、機関銃のように連射が効き、しかも破壊力抜群と言う恐ろしいライフルなのです。

それが爆発的売れ始めたのは、1977年に特許が切れ、どこのメーカーでも造り売ることができるようになってからでしょう。老舗のコルトをはじめ、現在、500社がAR-15スタイルの銃を製造販売しています。と言うのは、構造が至って簡単で、チョットした町工場、鉄工場で素人でも造れるからだそうです。

パーツを寄せ集め、特別器用な人でなくても自作可能なくらいです。AR-15はオプション、付属品、作り替えが可能で左効き用、カーボンファイバーを多用し極力軽くし、ピンク色のボディのレディ仕様まであり、プラモデルのように組み立てることができる…のだそうです。AR-15はプラスチックの積み木『レゴ』(LEGO)だ、銃の着せ替え人形バービーだと言われる所以です。自分だけのAR-15を作ることが可能なのです。

弾丸も様々な種類のものを使用でき、チョット知ったかぶりですが、元教師というのはシツコク調べる本能を持っているものです。223Reminton弾、5.56x45mm NATO弾はスーパーで買える一般的な弾ですが、弾倉とチェンバーを変えることで、.22ロングライフル弾、7.62x39mm弾、9x9mm Parabellum弾、6,5mm Grendel弾、狩猟用散弾などなど、無限に夢を広げることができるのだそうです。

そして、一般的な弾倉は30発入りですから、激戦地の兵隊さんみたいに胸や腰に弾倉マガジンを5、6本持っていると、簡単に100発以上撃つことができます。さて、お値段の方ですが、新品の完成品、お安い通販で700ドル内外からあります。インターネットの売りたし買いたしの広告、質屋ではその半額ほどで売買されているようです。

パーツを買い集めて自作できるので、銃のシリアルナンバーがなく、殺傷事件を起こしても、警察は追跡できません。そんな組み立てパソコンみたいな銃をオバケの銃(Ghost Guns)と呼んでいます。

私たちが住んでいる高原台地の隣人たちの殆どが狩猟マニアと呼びたいくらいセミプロのハンターです。でも、狩猟大好きの人たちで狩猟のためにAR-15を使う人、持っている人はまずいないでしょう。隣人に訊いてみても、あんな戦争用の銃は狩猟に全く向いていないと言うのです。ところが、私の妹の旦那さん、義理の弟になりますが、3丁もAR-15を持っていたのです。3丁というのは、1丁は彼のため、1丁は妹のため、そしてもう1丁は息子のためで、ダンボールの箱に何箱もの弾丸、そしてどこかのメーカーが売り出しているサバイバル・バックパック(水、乾燥食料、緊急医療キットなどが詰まっている)をこれも三つ揃えてあり、イザ鎌倉ではなく、イザ世の末、ハルマゲドンに備えているのです。

ウチのダンナさんがそのバックパックを持ち上げようとしたようですが、「ありゃ、シュワルツェネッガー用にデザインされたもんで、どうにか持ち上げることはできたけど、あれを背負って、おまけにAR-15と弾倉、ピストルなんか背負って、50メートルと歩けないんじゃないか…」と呆れ果てていました。ウチのダンナさん、歳の割にはという条件付きですが、普段から運動をし、アウトドア、山登り、キャンプなどしているのですが、妹、彼女の旦那さん、息子、まるで野外活動などしたことがない都会人なのです。

鉄砲、この場合AR-15は、都会人によく売れているようなのです。弾にも賞味期限があり、それを過ぎると、食中毒ではなく、不発弾が出るようになります。不発弾が出ると、爆発のガス圧で空の薬莢を飛ばすことができず、目詰まりを起こすのだそうです。そこで活躍するのが、射撃場です。そこで思いっきり期限ギリギリの弾を撃ちまくり、また新しい弾を買って頂くという仕組みのようなのです。入場料を払いたくない御仁が、私たちの台地、森にやってきて、めくら撃ちをします。これは迷惑を通り越して、とても危険です。

米国射撃スポーツ財団によれば500万丁から1,000万丁のAR-15タイプがアメリカ国内に出回っていると言っています。また、ピストルを含めた銃火器は3億丁、アメリカの人口よりはるかに多く国内に出回っていると言っています。

これじゃ、毎晩、何千件のガン・バイオレンス事件が起こっても不思議ではありませんね。

-…つづく 

 

 

第766回:はびこるインターネット詐欺

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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