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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第697回:今年の“雪ヤギグループ” その1

更新日2021/03/04


今年もまた、スキー場近くの町にアパートを借りてスキー三昧の冬を過ごしています。真っ白な雪を頂いた山々を見ると、ワオーッと声を上げたくなります。あまり感情を表さないウチのダンナさんも心底感動していて、本当に雪や山が好きなんだな~と傍で見ていて感じます。そして、ここのスキー場を訪れる喜びの大きな部分を占めるのは、去年出会い、一種の仲間意識が生まれ、誰が付けるともなく命名された“雪ヤギグループ”の人たちに会うことです。

コロナの影響でスキー場をオープンすることすら危ぶまれていましたが、必ずマスクをすること、リフトを待つ時は2メートル以上の距離を置くこと、リフトも家族、それでなければ同じ車で来た人だけ相席(2人~4人乗りです)できるようにし、恐らく一番クラスターになりやすいロッジのレストラン、セルフサービスのカフェテリア、バーもテーブルを3、4メートル離し、屋外に椅子を置き、主に外で飲み食いしてもらうことなどの処置をとり、このコロナ禍を乗り切ろうとしたのです。ヨーロッパのスキー場、フランス、ドイツ、スイス、オーストリア、スペインの高名なスキーリゾートは軒並み全面閉鎖されていますから、こんな中規模の田舎のスキー場が開いているだけでもありがたいことです。

ところが、私たち“雪ヤギグループ”が独占していたわけではありませんが、溜まり場にしていた大きな部屋が使えなくなったのです。止むを得ない処置だとはいえ、私たちが集い、スキー靴に履き替え、スキーウェアに着替え、持ち込んだ朝ゴハンを食べ、脱いだ雪長靴や魔法瓶に詰めたコーヒー、お弁当の入れたバックパックをボンボンと載せておく棚もなくなり、コミュニティーホールが使えなくなってしまったのです。これには大ショックでした。

しかしながら、老人グループの面々はそれをあっさりと受け入れ、一昔前までは、自分の車の中で着替え、お昼のサンドイッチなどは、陽だまりがあれば、雪の上に座って摂ったものだと言い、ウォルマートで20ドルで買ってきたという軽いプラスティックの椅子を車の前や後ろに持ち出し、それに腰掛けて悠々とスキー靴に履き替えたりしています。

もちろん、ビール(アメリカのスキー場ではビール、ウイスキー、ワインなんでもOKです)を飲みながら、キャンプ用のコンロでソーセージやハンバーガーなどの料理を始めるツワモノもいます。これを“テールゲイト・パーティー”(トラックの荷台の後ろドア、これをテールゲイトと呼び、それを開いて降ろし、そこに食べ物、飲み物を並べてやるようなタイプのパーティーのことをそう呼んでいます)を開いたような雰囲気になります。年寄りはタクマシイのです。

お正月の3日にスキー場に到着して、最初に出会ったのはウィスコンシン州から来ているジムとナンシーでした。このスキー場でジムを知らないヤツはモグリだと言われるくらい有名な存在で、相当有名になったウチのダンナさん(義理のお兄さんからのお下がりスキージャケット、70年代に日本で流行ったらしい、超派手でサイケデリック・デザインのレトロなスキージャケットを着ているのと、誰かれなく挨拶するので目立つのです)もとてもかないません。と言うのは、ジムは右脚の付け根からスッポリとなく、せめて太腿まであれば義足でも付けることができたのでしょうけど、全くの一本脚でスキーをするからです。しかも、難しいコースを一本足で見事に滑るのです。奥さんのナンシーも、スキー教室のデモンストレーターみたいな滑りを見せます。彼らとこのコロナの時期1年をどのように過ごしたか…と話すのが、“雪ヤギグループ”との幕開けになりました。

ジムもナンシーもとっくに引退しています。ジムは家庭菜園の域を超えた農園、温室での作柄を詳しく語り、奥さんのナンシーはオリンピック・スタイルの漕ぐボート、シングルスカルを続け、加えてジムで鍛えていますから、細身の体は鋼鉄でも通したように、ビッシとしています。ウチのダンナさん、「東京オリンピックに出るのか?」と冷やかしたところ、生真面目なナンシーは、「シニアのオリンピック種目にボートがあれば、予選の選考レースに出てみようかな…」と本気で応えていました。リフトから見下ろすと、スロープでジムとナンシーは前後しながら、鮮やかなシュプールを描いて滑り降りていきました。

コロラド州の外からやってきた“雪ヤギグループ”は、ジムとナンシーだけでした。やはりコロナの影響で大事を取り、テキサス、ニューヨーク、ニュージャージー、テネシーからのメンバーは来ませんでした。それでも、彼らとは大量のメールが行き交い、皆口を揃えて、行きたかった、雪の状態はどうだ? 来年こそは、またあの集会所になった部屋に集まろう…と言うのです。 

ウチのダンナさんは超高齢者に分類されていますが、本人に歳を受け入れる機能が欠如しているのか、私から見ると相当無理で、強引な滑り方をします。彼の歳、足腰の老化を考えれば、モーグル(デコボコの小山があるスロープ)など滑るべきではありません。結果、昨年、膝を痛めて曲がらなくなり、お相撲さんのソンキョの姿勢がとれず、日本の旧式なお便所でしゃがみ込めなくなりました。普通の洋式トイレなら問題はなさそうなのですが、キャンプでキジを撃つことが難しくなり、キャンプ用の便座を担いで山歩きをしていました。

そんな彼の膝のことを“雪ヤギグループ”に話したところ、呆れたというか当然というべきでしょうか、100%の男性ご老体組が同じ問題を抱えていることを発見したのです。不思議なことに、女性軍(いずれも相当な老嬢ですが)には一人もいないのです。このミステリーは膝や腰の問題を抱えた女性は、賢明にも冬山に来てスキーなぞしないと自戒している…ということでしょうか。男の方が、ナーニ、まだまだできる、滑れると思い込み膝を壊すのでしょうね。

ロッキー山脈の伝説的山男で“雪ヤギグループ”の長老格のスキーヤー、アート(82歳)は、今シーズン初めまで新雪を求めスキーに打ち込んでいましたが、深い雪の森の中での滑降で、二度、自分が意図したように木(松の大木ですが)の間をすり抜け、曲がることができかった…と嘆いていたと思ったら、次の週には人工関節を入れる手術を受けていました。なんとも即決判断です。

そして、10日もすれば、また滑れるようになるさ…と楽観していました。ところが、お医者さんは、とんでもない、10日でなくて10週間スキーはするなと厳命を下したようです。

 

-…つづく

 

第698回:今年の“雪ヤギグループ” その2

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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