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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第696回:黒髪は美女の条件…?

更新日2021/02/25


『源氏物語絵巻』などを見ると、十二単(じゅうにひとえ)を着た当時の女性の容姿を知ることができます。目は、いったい開けているのか眠っているのか分からないくらい細く、今のマンガの少女たちは顔の半分くらい目玉が占めているのと対照的です。鼻は小さいカギで、口はおちょぼ口です。目も鼻も口も、アメリカの大自然のように大きい現代美人の典型ジュリア・ロバーツが平安時代に生きていたら、バケモノだと思われたことでしょう。

私が英訳の助けを借りて目を通した日本の古典はとても限られていますが、平安時代の女性の顔の美しさを具体的に文章で描写したものがあまりないように思います。例外は髪で、流れるような豊かな黒髪を褒め称えていることです。首から上の表面、顔のことはどうでも良くはないでしょうけど、目鼻立ちの方はさておいて、何よりも大切なのは艶やかで長い髪の毛のように思えます。

でも、シャンプーもリンスもコンディショナーもないあの時代に、どうやって美しい髪を維持していたのでしょうか。寝る時には枕の外、上の方に長方形のザルカゴのようなものに髪を静々と入れておき、小さく硬く不安定そうな枕に頭を載せて、ご就寝あそばされている絵がありますから、ヤンゴトナキ風情の方々は寝相がよく、掛け布団を蹴っ飛ばし、寝返りを打ったり、布団の上で暴れなかったのかしら。

ウチのダンナさんによれば、あの時代でも、90何%の人は十二単どころか、布団の上で寝ておらず、ムシロや藁に包まって土間で寝ていたんじゃないかな…と言っています。 

実は……衝撃の告白をすれば、私も黒髪に憧れ、真っ黒に髪を染めたことがあります。一歩でも日本人になろう、近づこうとしたのかもしれません。艶やかな黒髪にあこがれていたのです。元々、私の髪の色は金髪に近い麻色で(今は白髪が勝った灰色です)、若かりし頃、日本で髪を切り、それをお姑さんが和紙に包んで箪笥の奥にしまっておいてくれたのを見つけ、驚いてしまいました。私も若い時にはこんな艶やかな髪をしてたんだ、と正に隔絶した世のことのようでした。

私の黒髪? これは、どうにも染めると髪の艶がなくなり、ボソボソとして、色だけは真っ黒なのですが、アデヤカサのない髪になってしまいました。

髪の毛の色は西洋の物語にもよく現われます。有名なのはジュール・ルナールの『にんじん』(原題:Poil de carotte)、そしてルーシー・モード・モンゴメリの『赤毛のアン』(原題:Anne of Green Gables)でしょうか。『赤毛のアン』は何度も映画やアニメになり、少女文学の古典のようになっています。

日本の黒髪が美しさの象徴になっているのとは逆に、赤毛はブス、ブ男だということになっています。赤毛の人は髪の毛の色が赤いというだけでなく、眉毛も薄赤く、まつ毛も同じような色の上、白い皮膚に無数にそばかす、シミが浮き出ていることが多く、赤毛=ブス、ブ男となるのでしょう。顔にポイントがなく、ノッペラとした感じになってしまうようです。

今では、髪の毛の色なんてどんな色にでも染めることができますから、美人になろうという女性にとってあまり重要な問題でなくなくなっています。ウチのダンナさんは「そうだよな~、染めることができる元々の髪の毛が生えているだけで十分だよな~」とコボシています。ちなみにダンナさんは、限りなくツルッ禿に近い状態です。

日本人の皆、すべてが真っ黒な髪を持っているのではありません。黒にも色々なバリエーションがあり、中には薄い茶色に近い頭髪を生まれつき持っている人もいます。ウチのダンナさんの従姉妹の一人アキエさんは、日本人離れした明るいベージュ色の髪を持っていて、子供の頃、外で遊んでいたところ、周りに同年代の子供たちが集まりはじめ、彼女をジーッと見つめて、アキエちゃんはワッと泣き出し、髪の毛を小さな両手で隠すように家に引きこもった思い出をダンナさん語ってくれました。彼女は旧態依然とした日本人の髪の色、カテゴリー、イメージにハマラないというだけで、珍しい動物のように見られていたのでしょう。

大阪府立の高校で、生まれつきの髪の毛の色が明るすぎるから真っ黒に染めて来い…と、学校側が明るい色の髪の女生徒に圧力をかけ、彼女が不登校児になり、精神的に大きなダメージを受けた…と、大阪府を相手に訴えて出ました。現在、彼女は21歳になりますが、賠償金220万円の訴えを30万円に大幅に値切られてしまいましたが、大阪府は敗訴しました。

裁判訴訟好きなアメリカなら、マズ億単位のお金が動くことでしょう。マアーこれは金額よりも、そのような規制を強制した学校側への警告と取るべきなのでしょうか。ところが、校則として、スカートの丈の長さ、化粧、髪の毛を染める、男子生徒の長髪などなど、事細かに規制している校則は違法、違憲ではない…としていることには呆れてしまいました。

学校側は、髪を染めるのは非行に走る第一歩だとしているのです。生まれつき明るい色の髪を黒に染めるのも、黒髪を他の色に染めるのも、同じ次元のことだと分かっていないようなのです。もし西欧、アメリカの学校でこんなことを言い出したら、生徒さんの90%以上は非行児になってしまいます。おまけに肌の色が千差万別であるように、髪の毛の色も真っ黒から真金髪、真っ白まで無限の色合いがあり、それが生まれつきのモノであるかどうかなど全く問題にもなりません。

野球のリトルリーグ世界大会では、いつも日本のチームが大活躍し、優勝することがママあります。アメリカの子供たちが、野球帽から溢れるばかりの長髪が多いのとは対照的に、日本チームの少年は揃いもそろって丸坊主、それも綺麗に刈り上げています。これが一種異様な雰囲気なのです。野球好きの私の同僚の先生は、「あの子らはどこか仏教の宗門学校から来たのか? 将来お坊さんになるのか?」と私に尋ねてきました。

そう言えば、スペインで観光ガイドをしている友達は髭が濃く、その分頭の毛は薄くなりかかっていますが、彼が働いていた日本の大手旅行代理店の新任スペイン支店長が、「ウチの会社のイメージに合わないから髭を剃れ」と命令し、そんなアホな命令に従えるかと、あっさりその会社を辞めました。その後、彼は専門的な通訳、コーディネーターとして、スペイン通として引く手あまたの大活躍をしています。もちろんヘミングウェー並みの髭を蓄えながら…。

プロ野球の世界でも、「巨人軍は紳士たれ」という、訳の分からないモットーの下で、大の大人、しかも試合でのプレーだけがすべてのプロの選手が、長髪、髭はダメと規制され、それに従っているのを見ると、日本人の型にハメたがる性向、それに粛々(難しい漢字ですね、もちろん辞書で調べました)と従っている選手たちを見るにつけ、日本のことが分からなくなってしまいます。

日本人は形式主義大好きで、タダお上に弱い体質の持ち主なのかな…と思いたくもなるというものです。 

 

-…つづく

 

第697回:今年の“雪ヤギグループ” その1

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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