第694回:ドキュメンタリーは面白い!
私のお姑さんは100歳に、あと2週間というところで、命が燃え尽きるように亡くなりました。生前、「散々、いろいろな話を聞き、本を読み、テレビドラマを観てきたから、もうどんな話、ドラマも先が分かってしまい面白くない。スポーツと国会中継だけが予測できない意外性がある」とか言って、それほど深い政治思想を持っているわけではなさそうなのですが、はっきりと、毅然とした態度で、国会の質問に立った(名前は忘れました)共産党員の態度が立派だったと、それ以降、すっかり共産党のファンになっていました。一方のスポーツですが、当時のテレビ中継では巨人戦が中心でしたので、巨人ファンでした。バレーボール、マラソン、サッカーも熱心に観ていました。
コロラドの私たちの山の家では、テレビが映りませんから、もっぱら街の図書館や大学の図書館から借りてくるDVDで映画を観ています。大学の音楽学部にコンサート、リサイタルの記録映画を大量に見つけてからは、それに没頭しています。もう一つ、ドキュメンタリー映画、自然や歴史的人物の伝記、それに社会問題を掘り下げた記録映画をよく観ています。
中でもお気に入りのドキュメンタリー製作者は、ケン・バーンズ(Ken Burns)です。PBS(アメリカのNHK的存在)を背景に、次々と新しい企画で丁寧に作品を制作しています。実は…と言うほどのこともないのですが、彼が私の働いていた大学町、グランド・ジャンクションに来た時、公演を聴きに行ったことがあります。
2017年に公開された『THE VIETNAM WAR』(「ベトナム戦争の記録」)と真正面から名づけた12時間のドキュメンタリー映画のプロモーションのため、全米を回っていた時にこの田舎町に立ち寄ったのでした。彼の製作態度というのでしょうか、もちろん強い政治思想を持っているのでしょうけど、それを前面に押し出さず、事実を積み重ね、膨大な関係者にインタビューをし、それらを積み重ねることによって、観る人に感銘を与えるやり方を取っています。
ですから、これも10時間以上の『Jazz Filmed By Ken Burns』(ジャズ)という記録映画も、黒人の虐げられた歴史から生まれた音楽、ジャズを楽しんで聴かせてくれてはいますが、同時に、人種の坩堝(ルツボ)のアメリカから、いかに純粋に、アメリカ的なモノが生まれてきたが分かります。
ケン・バーンと対照的なフィルムメイカーは、マイケル・ムーア(Michael Moore)でしょうか。彼が全米に知られるようになったのは、コロラド州のコロンバイン高校での大量殺害事件を取り扱ったドキュメンタリー映画『Bowling for Columbine』(ボウリング・フォー・コロンバイン)が2002年度のアカデミー賞を貰ってからです。
彼は、はっきりと自分の立場を打ち出し、しかも自身画面に登場し、NRA(National Rifle Association;全米ライフル協会)に正面切って反対し、また自分の故郷、ミシガン州のGM(General Motors;ジェネラル・モーターズ)に牛耳られたフリントの街の汚染した水道水問題に取り組み、またイラク戦争を扱った『War on Terror』(戦争の恐怖)は、2004年度のカンヌ映画祭でグランプリを獲得しました。あまりにはっきりと反キャピタリズムを打ち出し、表に出し過ぎているので、鼻につくところがあります。それにしても、彼の主義、社会運動を、このように映像で見せてくれるのに驚嘆します。
今年2021年1月6日、極右翼のトランプ・サポーターが国会に乱入した直後、たくさんの人がいろいろなコメントを発表しましたが、その中で、ずば抜けて的確であり、感動的だったのは、元カリフォルニア州知事(彼は共和党員です)であり、映画スターのアーノルド・シュワルツェネッガー(Arnold Schwarzenegger)とマイケル・ムーアの映像でした。二人とも、心底からアメリカの民主主義が崩壊の危機にあると信じ、今、私たちがはっきりと危機を意識し、極右勢力に立ち向かわなければならないと訴えていました。
地球規模の視野で、危機感を訴えているドキュメンタリー・フィルムメーカーがいます。イギリス人のデイビッド・アッテンボロー(David Attenborough)です。彼は若い頃から全世界を飛び回り、動物、植物、自然を記録してきました。彼を一つのカテゴリーに入れるのはとてもできない相談で、動物学者、植物学者、自然科学者、作家、映画プロデューサー、ナレーター、社会運動家と、実に多方面で活躍しています。
一番最近のドキュメンタリーは『A Life on Our Planet』(私たちの惑星の命…とでも訳せば良いのでしょうか)で、彼が生涯をかけて回ってきた、南極、北極、アマゾン、アフリカ大陸の自然が破壊されていく様子を見せ、このまま地球を荒廃させていくと、2030年や2050年にはこうなると、恐ろしいイメージで警鐘を鳴らしています。今年94歳になる彼は、自分が若い頃に接した自然が破壊されていくことに耐えられない様子で、自分の子供、孫の世代に、この美しかった地球を残したい、元に戻したいと訴えるのです。
BBCの『Earth』(地球)シリーズは、いずれも詩情溢れる映像の中に、滅んでいく生命のはかなさが伝わってくる、至宝のドキュメンタリー映画です。
この3人のドキュメンタリー映像作家の作品を、是非是非ご覧ください。
私は暇に任せて次から次へとただ観ているだけなのですが、これらの優れたドキュメンタリー映画は、私に全く違った目を開いてくれたように思います。
-…つづく
第695回:アメリカ最大のスポーツの祭典
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