第9回:ピンクのスープの海鮮麺―クエッティアオ・イェンターフォー
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更新日2003/10/23
タイでクエッティアオ(タイそば)の類を食べたことがある人ならお分かりかもしれないが、タイの麺類は一杯の量が日本のそれと比べるととても少ない。あれで一食を済ませるのに物足りなく、かといって二杯食べるほどのものでもなく、だからわたしはごくたまにしかクエッティアオを食べない。ただ、時間がないとき、小腹がちょっと空いたとき、待たずにつるつるっと手軽に食べられるのはありがたい。タイのファーストフードといってもよいと思う。
タイで最初に住んだアパートの洗濯屋には、日本語を勉強している高校生の女の子がいた。日本語を勉強しているものの、本物の日本人の知り合いは一人もいないという彼女は、物珍しさも手伝ってかよくわたしの部屋に遊びに来た。そこで日本語の宿題を教えたり、ときどきはわたしもタイ語学校の宿題を見てもらったり。休日になるとそれに彼女の友人が加わり、連れ立ってどこかに遊びに行くことが多くなった。
確か、ショッピングセンターでアイドル歌手のコンサートがあるというので、バスに乗って遠出したときのことだったと思う。まずは腹ごしらえというので、フードコートに寄って食事をすることになった。
わたしがそのとき何を食べたのかは定かではないが、彼女の友人がトレイに乗せて持ってきたのが、クエッティアオ・イェンターフォーだった。初めて目にするその麺は、赤みがかったピンク色のスープの中に浮いていた。「これ、何?」と聞いたわたしの表情は、かなり驚いていたのだろう。わたしの反応を楽しむように、二人が懸命に説明してくれたのを覚えている。

クエッティアオ・イェンターフォー
(ピンクのスープの海鮮麺)
スープのピンク色は紅麹の色だということがわかったのは、ずっとずっとあとのことで、合成着色料の色だと思っていたわたしは、長い間その麺を口にすることはなかった。それをおいしいと思えるようになったのは、さらにもっとずっとあとのことだ。
そのアパートから引っ越したあとは、その二人に会う機会がまったくなくなってしまったのだが、去年、ウィークエンドマーケットに行ったときに、歩道橋の向こう側から歩いてくる若い女性が、わたしの顔をじっと見つめているのに気がついた。
ふと視線をやると、彼女ははっとしたように目をそらしてすれ違って行った。記憶の引き出しを大急ぎで開けていくと、イェンターフォーを食べていたあの女の子だということがわかった。
高校生だったあの頃は眼鏡をかけていて少々野暮ったいくらいだったのに、コンタクトにしたのかすっきりしたその表情には、今風のメイクがしてあった。彼女がわたしのことを覚えていてくれたのは嬉しかったけど、わたしも彼女も声をかける勇気がないまますれ違ってしまったのは残念だった。
イェンターフォーの具は味が異なる魚のつみれだったり、するめいかだったりと、海鮮系の具が多く、それに豚の血を固めたものが入っていたり、中が空洞の厚揚げが入っていたりと、不思議なアンバランスさがある。それを引き締めているのは、ほのかな酸味のピンク色のスープと、空芯菜の鮮やかな緑色だ。他のクエッティアオでは見られない極彩色のコントラストがいかにもタイらしい。
わたしはいつも、米粉の麺ではなくウンセン(春雨)を選ぶ。れんげの上にウンセンとスープを少し。ずるっとすすらないで麺とスープを一口で食べられるようになれば、あなたもタイ人に一歩近づけたかもしれない。
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