第71回:ウエーブ・ダンサー その1
更新日2002/12/12
お前のコラムには惨事、悲劇、死ぬ話が馬鹿に多すぎやしないかと、忠言をもらった。認めたくはないが、ヨットは山登りとともに死亡事故率の高いスポーツであることは事実だ。
取りわけ外洋のセーリングは、ヨットそのものの遭難だけでなく、医療機関の手の届かぬ洋上での怪我や急病が死につながる可能性は非常に高いし、海賊、盗賊の出没する海域が増えている。とはいえ、やはり時化(シケ)で命を落とす比率が海に関連した事故の中で圧倒的に高い。
20人のダイバーとクルーがハリケーンで亡くなった。
“ウエーブ・ダンサー”はもともと海上の油田タワーに機材、作業員を運ぶために造られた120フィートのアルミニュウム製の船だった。それをマイアミのPeter
Hughes Diving社が買い取り、泊り込みができるダイビングボートに改造し、ダイビングのパラダイス、ベリーズで就業させた。
ベリーズはユカタン半島の南に位置し、グレートバーリアリーフに次ぎ世界で2番目の大きさを誇る大環礁がカリブ海を遮るように南北に伸びている、ダイバー垂涎のリーフがある国だ。
ハリケーン“アイリス”がカテゴリー4、最大風速140マイル(時速約230キロ)で接近してきたとき、キャプテンのフィリップ・マーチンは地上連絡員と気象庁のハリケーンセンターにハリケーンの情報を仰ぎ、また彼らの意見を訊き、ウエーブ・ダンサーを岩礁のダイブポイントから8時間の距離にある、インデペンデンス村近くのハリケーンホール(ハリケーンをやり過ごすための深い内湾)である、Big
Creek湾に移動させた。この海域は私もよく知っているが、Big Creek湾は120フィートもの大きさの船が入ることができる、その界隈では最良の避難港である。
Big Creekには長い立派なコンクリートの桟橋があり、そこにウエーブ・ダンサーは舫を取った。桟橋には他の会社のダイブボート120フィートの“アグレッサー”、大型のタグボート“ミス・ゲイル”、土地のバナナ運搬船、えび漁船2隻がハリケーンから逃れるため舫っていた。
早めの夕食を全員がウエーブ・ダンサーの上で取り終えた7時半頃、暴風がヒットし始めた。風圧と15フィートの高潮で、まず船尾に取っていた舫いロープが一本ずつはじけるように切れ、船首だけ岸壁につながった恰好で船は暴風のなか翻弄されたが、数秒後にそのロープも切れ、130メートル流され、対岸のマングローブに半ばのし上げるように横転したのだ。水深4メートルのところだ。人をおぼれさせるには1メートルの水深があれば充分なのだ。
横倒しになった船中で罠に掛かった動物のように、逃れるすべもなく20名が水死した。以上がウエーブ・ダンサー遭難のあらましである。
コンクリートの桟橋に舫っていたほかの船、120フィートのダイブボート、アグレッサー、タグボート、バナナ運搬船、えび漁用の漁船は無事だった。また、ウエーブ・ダンサーを桟橋につけた時、すでに発令されていた政府の強制撤退命令を無視し、キャプテン・マーチンはなぜか乗客を陸上に非難させなかった。
逆に現地ベリーズの乗組員が船を降りようとしたのを、禁止したことが分ってきた。次第にこの海難事故は人災だという見方が支配的になってきたのだ。しかもキャプテンと副キャプテンは脱出し無事だった。
この事件でキャプテン・マーチンはゴウゴウたる非難を浴び、十指に余る裁判沙汰を抱えることになった。情報も混乱し、矛盾し、混沌とした様相を帯びてきた。私が集めていた資料は限られたものに違いないし、“現地取材”のような型で当事者にジカに会っていない、いわばすべて二次取材、誰でも容易に手に入れることができるアメリカ、ベリーズの新聞、ヨットやダイビングの週刊誌、月刊誌、インターネットの記事程度だが、事故を再現してみようと思うのだ。
実際に何が起こったのかを知るのは困難を極めた。たとえば、舫いのロープは太さ何センチのどういうタイプのものであったか。それを何本どのように岸壁、船に繋いだか、そしてロープのどの部分が切れたのか、それとも岸壁のボラード(船からのロープを結ぶ拳のような突起物)や船上のクリート(ロープを結ぶところ)が根元から引き剥がされたのか、船に関与する者なら誰でも一番知りたがること、船の安全にとって基本的かつ一番大事なことを知るのすら大変なことだった。
…その2へつづく
第72回:ウエーブ・ダンサー その2