第70回:カリビアン・クイーン
更新日2002/12/05
彼らとは、私の連れ合いと同郷人だというつながりしかなかった。連れ合いはカンサスシティーで生まれ、育ったが、そこは合衆国の真ん中で、もちろん海はない。
アメリカ人が生涯に引越しをする回数は、日本、ヨーロッパに比べ格段に多く、遊牧民並みだ。実に気楽に家を売り買いし、何千キロの移動を繰り返すのだ。しかし、どこの州の出身であるかには奇妙なこだわりがあり、愛州心があるようだ。
私などから見れば、人工的に定規をあてて引いたような州境に何の意味もなく、地理も気候も人間も同じに見えるのだ。一体カンサス州とネブラスカ州、ワイオミング州とモンタナ州になんの違いがあるというのだ。もっとも、愛国心とは理詰めで説明、納得できないものだが…。
連れ合いの同郷人、マクドナルド60歳、ジェリー52歳、リック43歳の西部の男3人連れは、65フィートの木造船を16,500ドルで買い、“カリビアン・クイーン”(ハンフリー・ボガード、キャサリン・ヘップバーンの名作“アフリカの女王”を真似た)と名付けた。
奇妙な形の船で、ハウスボートとトローラー漁船の合いの子といえばよいだろうか、2階建ての家が艀に乗っかっているような外見だった。2基のエンジンは付いているし、その広さたるや、私のヨットに比べると、まるで大邸宅に足を踏み入れたようなものだ。その大邸宅はただ広いだけの安普請のプレハブようではあったが…。
彼らの航海計画はなかなか魅力的なものだった。キーウエストを回り、メキシコ湾はフロリダを沿岸沿いに北上し、ミシシッピイ川を遡り、セントルイスから、ミズリー川に入り、カンサスシティーに辿り着くというもので、その時私に時間があれば同行したと思う。
船長兼オーナーのマクドナルドは、ファイバーグラスの仕事を長年に渡ってこなしてきたプラスチックのプロというふれこみで、木造の船体が緩んだところ、腐ったところはファイバーグラスのパッチを充てるのは、お手のものだった。このような船を持ち、二つの大河を遡り、故郷まで航海するのが彼の夢であった。年老いたハックルベリー・フィンならんとしたのだ。
彼によると準備に15,000ドルかけたというが、船はもともと静かな内湾でヴァカンスを過ごすために作られたもののように見受けられたし、居住性のよい2階建ては、外洋を走るには風圧を受けすぎるように思えたが、私自信、パワーボートのことは詳しくないうえ、恐ろしいボロ船が大洋を乗り切ってきたのを何度も見ているので、忠告、意見じみたことは何も言わなかった。マリーナの連中は、「お前は彼らの自殺の手伝いをしているようなもんだぞ」と言ってはばからなかった。
彼らは海を知らなすぎた。マリーナを出て海と充分付き合う暇すらないうちに、大してシケてもいない海に沈んでしまった。出港してからたった120マイルのところで、舳先から水が入り出し、またエンジンが、恐らくは燃料タンクの底に溜まったヘドロが詰まり動かなくなり、流され、沈むに任せるほかなかったのだろう。幸い、パラシュート・セールで舞い上がっていた観光客が奇妙な状況の船を見つけ、報告し、3人とも無事救助された。
マクドナルドはカリビアン・クイーンは丈夫ないい船だったと譲らない。ただ舳先のデッキと船体の接合部だけが問題だったと言うのだ。カヤック、ペダルボート、手漕ぎボート、12フィートのディンギーでも、外洋向けに作ってあり、乗る側に多少のシーマンシップがあれば、大洋を乗り切ることが可能だが、ズウタイだけいくら大きくても全く外海に向いていない船もあるのだ。人間にも始めから、そと海に向いていないタイプがいるものだ。山彦が海を知らないのは当然のこととしてもだ。
なにか新しいことにチャレンジする以上、失敗はつきものだ。偉大な冒険家たちは幾度となく失敗している。しかし、彼らは失敗にメゲナイ不屈な精神と、同じ失敗を二度と繰り返さない賢明さを持っている。
だが自分の失敗を認めないマクドナルドは、海の恐ろしさも、素晴らしさも知ることなく、同じ失敗を繰り返すことになりそうだ。
第71回:ウエーブ・ダンサー その1