第67回:椰子の木
更新日2002/11/14
カリブの島に椰子ほど似合う木はないだろう。貿易風を受けてゆるやかにしなり、はるか上方の葉がそよぐ。薄青いカリブの空によく映え、白い砂浜にアクセントを与え、また夕陽に深いシルエットを残す。
椰子の実は言わずと知れたココナッツだが、大きなモノになるとバスケットボールほどに育ち、遥か上方の葉の下にたわわに実っている。よく落ちないものだと思っていたら、風の向きや強さ、乾燥度によるのだろうか、やはりストンと自然に落ちてくることがある。20メートルもの高さから重さ7、8キロの実が地上に落下するのだ。これは立派な凶器だ。
イスレタにも二、三十本の大きな椰子の木が生い茂っているが、ココナッツが女性のシャワールームを直撃し、屋根をぶち抜いたことがある。折からシャワーに入っていたバーバラ(イギリス人のおばさん、60〜70歳)の悲鳴とパニックは、イスレタの語り草となった。
公衆の面前へ裸で飛び出したという自尊心以外は、彼女は無傷だった。バーバラにはシャワーの屋根に落ちてきた椰子の実が贈られたが、その椰子の実にはつつまし気な小さなタオルが巻いてあった。
椰子の葉は一枝3〜5メートルの両サイドに行儀よく並んでいる。その幹に近い方は葉というより千枚通しの針のようで、それが幾十とある。風で煽られ吹き飛ばされた椰子の葉が、今度はコンドミニアムに住む婆さんを襲った。彼女はバーバラほど運がなく、十数箇所針を深く刺し、病院に運ばれた。
プエルトリコにかって椰子の大きなプランテイションがあった。今でもルキージョに広大な椰子の果樹園が手入れされないまま残っている。極端に安い労働に頼っていたプランテーションは、正当な労賃を支払わなければならない時代がくるとともに消えた。
収穫のために揺れ動く椰子の木のテッペンへ誰かを登らせなければならない。落とした椰子の実の皮と呼ぶのだろうか、分厚い繊維質の外郭を剥がなければならない。そして乾燥させ、茶褐色の殻を割り、ココナッツの白い実を取り出すのだが、機械化しにくく、人手がかかるものらしい。
今では、消防署のハシゴ車みたいなのを使って危なげな葉や実を落としている。が、まだ一人、椰子の木登りの名人がいる。ロイサ出身の年の頃40歳前後、真っ黒いシワだらけの顔にクリクリした目を持つ中肉中背の男、バシリオだ。
出身地のロイサの村は一昔前まで、プランテーションが数多くあり、そこで働いていた労働者が集落をつくったところである。したがって黒人が多い。彼は子供の頃から椰子の木登りの才能を遺憾なく発揮し、本人に言わせれば、椰子の木登り以外他のことが何もできないので、ただ続けているだけ、ということになるが、国宝級の技の持ち主なのだ。
ヨットと長年付き合っている関係上、マストにはよく登る。好きこのんで登るわけではないが、風見が動かない、航海灯が点かない、マストを支えているワイヤー(ステイ、シュラウドと呼ぶ)のチェックなど、意外とマストの上の仕事は多いものだ。
そのうち他のヨットのマスト登りまで頼まれだし、いつの間にかマリーナで高い所に登る仕事はみな、私に頼みにくるようになってしまった。ヨッティーでもマストに登れないヤカラが結構いるのだ。そんなわけで、私はマスト登りには多少の経験と僅かな自信を持っていた。
椰子の木登りの名人バシリオがイスレタにきたとき、一つ私も登って見るかと軽率の極みとしか言いようがないチャレンジをしてしまったのだ。彼の方は裸足に素手、腰にマチェテといういかにも使い込んだ蛮刀をぶら下げているだけのスタイルで丸太の橋でも渡るようにスイスイと登り切り、どうやって体を支えているのか、片手で蛮刀をふるい椰子の実を落とし、葉をきれいに刈り込み終えるのに5分とかからないのだ。
いかなる物事においても、私は一芸に秀でている人に一目も二目も置き、尊敬し、できうれば教えを請うのを身上としているのだが、3分の1ほどまで登ったところで、あえなく棄権したのだ。しかし登った以上は降りなくてはならない。
椰子の木は硬い繊維質が幹をつくり、その繊維が上向きに外に開いているので、手足のグリップは意外によい。が、それは手と足がささくれ立った硬い繊維に耐えうる構造になっている人の話だ。
私は大師匠の教えを忘れ、木にしがみつくようにズリ落ち、太ももや腕の皮と肉の一部と自尊心のすべてを失い、地上に降り立ったのだった。
第68回:食は易し