第65回:イスレタ島人物伝 その3 〜フェリーキャプテンたち
更新日2002/10/31
イスレタマリーナは、プエルトリコ本土から10分ほどフェリーボートに乗って渡らなければならない。フェリーと言えば聞こえはよいが、26人分の座席が並んでいるだけの長方形の手造り然とした箱船で、マリーナ開業のときのドイツ人技師ボブが、マリーナのすべての設備と同様自作したものだ。30数年後の今でも立派に動いている。30分に一度、1時間に1往復のスケジュールのはずだが、キャプテンのご都合でいたって気ままな時間に発着する。
クバーノ(キューバ人)と呼ばれたキャプテンがいた。高齢で分厚いメガネをかけ、しかもそのメガネの度が合っていないとか、鳥目で夜は見えなくなるとも言われていた。プロペラを浮きブイに絡めたことは数知れず、夜、目測を誤ってか着岸のとき岸壁に船体をぶつける、擦るは当たり前、ついには係留しているヨットにまで引っ掛け、“シエゴ(盲目)キャプテン”という名前をもらいクビになった。
フェリーが止まると、我がマリーナの機能も止まる。私の連れ合いのように昼間本土で働き、夜ヨットに戻ってくるタイプは少ないにしろ何人かはいる。その人たちがイスレタ島に帰る手段がなくなるのだ。同時に昼ヨットで働いているクルーやオーナー連も本土の家へ帰ることができなくなる。そうなると、私の無線や携帯電話が煩いほど鳴り出し、私のチッポケなディンギィーが俄然活躍しだすのだ。実際、表彰状の2、3枚と名誉島民に推されても当然という気がする。
次に来たのが、喧嘩マーチンで、こんな小さなフェリーなのにやたらキャプテン風を吹かせる上、気が短くすぐに熱くなり、しかも暴力を振るうのだ。乗客はヨット関係の人間だから、経験の量でいくと2マイルばかりの距離を行ったり来たりしているフェリーのキャプテンよりはるかに凄い強者がたくさんいるが、フェリーの中で物を食うな、足を椅子に上げるな、上半身裸で乗るな、フェリーの重心バランスを取るためにお前はこっちの席へ移動しろと、異常に小うるさく命令し、即座に従わないと、プッツリ切れるのだ。
物言いの問題だけではなかった。どういう事情からか、マーチンがついに乗客の頭を緊急用の舵棒で殴ったのだ。人間の頭からあれほど大量の血が出るものだろうか。私はマリーナのシャワーから出てきて、コンクリートの桟橋に血溜りがそこここにあるのを見て惨事を知った。運よく現役のFBIのジミーがフェリーに同乗していたので、マーチンは地元の警察に引き渡された。お前たちをぶっ殺してやるとか、こんなフェリーは沈めてやるとわめき散らしていた、としばらくマリーナの話題になった。
マシートがきた。スペイン語で“ート”と語尾に付けるのは小さなもの、かわいいものに対してだが、マシートは身長140センチくらいだろうか、尋常な大人のサイズではない。彼の兄も息子も皆超小型だった。沿岸警備隊が、子供がフェリーを操船しているとして、警備艇を横付けにしたのは本当の話だ。実際、遠くからフェリーを見て、アレッ、キャプテンが乗っていない! ように見えるのがマシートだ。温厚な性格で、操船も上手なのだが、大変な大酒飲みのアル中なのが玉に傷だった。
乗客もマシートに冷えたビールを一本、ラムを一杯と渡すので、彼の勤務中、補給がとぎれることがないのだ。十数人におよぶキャプテンのなかで、彼だけが比較的時間どうり発着し、しかも事故を一度も起こさなかった。惜しまれつつ定年を迎え、退職した。対岸の船着場のバーにはカウンターからやっと顔を覗かせるようにして、いつもマシートの赤ら顔がある。
ルイス・ロコ(気狂いルイス)。自他共に認める気狂いだ。軍の牢屋に都合3回入れられ、10年以上軍で過ごしたのに、全く昇進せずに追い出された。12年前、ルイスに初めて会った時、彼はボートヤードでペオンと呼ばれる最下級の仕事をしていた。毒性の強い船底塗料のサンドペーパーかけとか、ファイバーグラスのグライディングだ。
その仕事の最中、ヤード全域に響きわたる大声で、“1時間3ドルと75セントの最低賃金で、こんな命を縮めるような仕事をどうしてするのだ、俺の命はそんなに安いのか、プエルトリコには神はいないのか、革命を起こす人間はいないのか、ここのオーナーはジャガーを買ったと言うではないか、俺の何日、何年分の賃金なんだ?”と延々と3、4時間はまくしたてるのだ。それもアジ演説のようにではなく、自分の真情を告白するように、次々と湧き出る発想をリズムに乗って大声で叫ぶのだった。案の定、何日かの後、ルイスはクビになった。
彼は勉強家で船舶免許は50トンから始め、すぐに500トンまで取得した。新聞、本をよく読みフェリーの待ち時間は片時も本から目を離さない。
4年前ルイスはフェリーキャプテンとしてマリーナに再度現れた。上の権威を認めず、下に優しい、乗客にとっては最高のキャプテンだった。乗客が一人でもいれば、すぐにフェリーを出すので1時間に5、6回行き来するのだが、これがマリーナ側にとっては規則違反と写るのだ。早く言えば一人を運ぶために余計な燃料を使うなとい うことだろう。ある朝ルイスの激怒した声がマリーナに響き渡り、ルイスは消え、その日のフェリーは運行中止になった。
2年後ルイスが戻ってきた。マリーナが他にキャプテンを見つけることができなかったのと、ルイスの方も他に仕事がなかったのだろう、奇妙な和解が成り立ったもののようだった。マリーナ側はルイスの気まぐれサービスを大目に見ているようだ。ルイスは天啓を受けた聖絵ペテロのごとく、文学にのめり込んでいった。寸分を惜しむように、春頃までは自伝を書き上げ、夏から秋にかけては詩作に耽った。
そして私に、“サーノのアトランティス絶唱”と題する詩を捧げてくれたりするのだ。
第66回:イスレタ島人物伝 その4 〜
リチャードとレネ