第63回: イスレタ島人物伝 その1
更新日2002/10/17
私たちのマリーナがいくら貧乏ヨット乗り専用の安いところだとはいえ、それなりのマリーナらしさはどうにか保っている。水と電気はよく切れるにしろあることはある。よく断水、停電になるのはプエルトリコ本土でも同じだから、海底ケーブル、海底パイプでこの島まで運んできている割には、ましだとして言ってもよい。
このマリーナがユニークなのは、本土からフェリーで渡らなければならないことに付け加えて、イロドリ豊かなキャラクターが居るからだ。
仮にもマリーナであるからドックマスター(ハーバーマスター)がいる。ドックマスターはどの船をどこに入れるかを決め、電気水道を管理し、桟橋を補修する、現場のボスだ。我がドックマスター、ニボは50歳の中頃、背丈と腹回りが両方とも150センチの体型で、文字どおり歩くより転がったほうが速そうなのだ。“ココ、ゴルド”(真ん丸く太ったココナツ)と人は呼ぶ。
ディンギィーに毛が生えた程度の19フィートのヨットによく吼える黒い犬と一緒に棲んでいる。彼の下にニ人のマリネーロ(訳語では水夫になるが、警備員兼雑用係)がいる。
パンチョとカルメーロで、パンチョは60何歳ほどのアル中で、マリーナの倉庫の2階に狭くて暑い部屋をあてがわれ、そこに住んでいる。月に何度か酔っ払って階段から落ちたり、桟橋で転んだりするので、顔や手、膝小僧がいつも、新鮮な傷もしくはカサブタに覆われているし、分厚いメガネもヒビが入ったままだ。
そしてカルメーロだが、あくまでニボと対照的な体つきで、骨と筋に皮膚がマトワリ付いているようなノッポで顔も頬がコケるにいいだけコケ、半分以上の歯が抜け落ちている。カルメーロは重症のドモリで、“シャ、シャ、シャ、サーノ”と最後の言葉を吐き出すと同時に大量の唾を飛ばすので、彼と顔を真向かいにおいての会話は危険だ。彼は頭が温かく、知能が低い。マリーナの連中は“ブエノ・ロコ”(良いキチガイ)と呼んでいる。
先にドックマスターとマリネーロの仕事は…と書いたが、このマリーナに入港してくる新来艇は月に2、3隻だから、恐ろしくすることがないのである。ヨッティーはお互いに皆知り合いだし、泥棒事件は皆無だから、警備の仕事もない。桟橋の修理や清掃をすることになっているが、全く無視され、私は彼らが体を動かし労働しているのを見たことがないのだ。宗教上の深遠な理由にもとづき労働は一切禁止されているのではないかと思えるほど、筋金入りの怠けブリなのだ。
ニボは情報センターよろしく誰彼なく捕まえてはしゃべりまくるのを信条とし、パンチョは椰子の木陰でトロトロと酔いのなかにまどろみ、頭の温かいカルメーロは木の棒切れをギターに見立て、この2、3週間同じ歌を終日繰り返し歌っているのだ。
いくらなんでもひど過ぎると、マリーナのオーナーも思ったのだろう。新しい役職のマリーナ総監督を設け、ニューヨーク帰りのプエルトリコ人、レイモンドをその役に充てた。レイモンドはヨット、マリーナは初めてだが、コモンセンスを十分持ち合わせた、非常に優秀かつマメな黒人で、毎朝早く桟橋を歩きまわり、すべての船の係留索をチェックし、一度ならずビルジ(水垢)が溜まり徐々に沈みかかっている船を喫水線の深さから見つけ、オーナーに連絡すると同時にビルジを汲み出し、まさに大車輪で活躍し出したのだ。
ヨッティーはやっとまともなマネジャーがきたと喜んだ。ところが、レイモンドは3ヶ月ほどして仕事をやめてしまったのだ。その後、船着場でレイモンドにどうしてやめたのだ、オーナーも我々ヨッティーも皆お前の仕事ぶりには感心していたのにと伝えたところ、「俺も仕事は好きだったけど、どうしても動かないあの3人組を相手にしていると、自分がキチガイになりそうだった。あれ以上とてもマリーナに居られなかった」と言った。
かくして、イスレタ・マリーナは元の3人組にゆだねられたのだ。最近の最大のニュースは、デブでチビのニボ、決して急ぐことをしないニボが走ったのを見たというものだ。陸電のつなぎ目から火花が散り、それを見つけたニボが安全器のあるところまで、20メートルほどを力走したらしい。お腹とお尻の肉がどう揺れたの、安全器のところで息も絶え絶えに総身汗まみれになり座り込んで小一時間動けなかっただの、いや、走ったのではなく転がって行っただの、噂の種を蒔いてくれた。“ニボが走った”が、イスレタ・マリーナの重大ニュースになったのだ。
第64回:
イスレタ島人物伝 その2 〜ポリート