■貿易風の吹く島から〜カリブ海のヨットマンからの電子メール

佐野草介
(さの・そうすけ)


道産子。小学生の時、フランス人4人がヨットで世界1周する記録映画を見て、人生の針路を決定する。水上生活者として20余年。前半は地中海、後半はおもに大西洋とカリブ海で暮らす。現在はカリブの砂州、カージョ・オビスボにヨットを舫い棲家とする。




Caribbean Sea Map


Puerto Rico Map
第20回:ヨットの経済学

更新日2001/09/20 


プエルトリコに住むことになったのは、遇全と必然が合致した結果だ。短くいえば、2年に及ぶカリブクルーズのあと、お金を使い果たし、働く必要に迫られたこと。これは必然。そして、お金のなくなった場所がプエルトリコだった。これは偶然である。

当時、連れ合いが詳細に付けていた家計簿を今みてみると、1カ月平均380ドルで2年間カリブ海をクルージングしていたことになる。ヨットライフは、ヨットさえ手に入れてしまえば、とてつもなく安く上げることができるのだ。その期間はヨットに大きな故障も起こらなかったし、セールも、手縫いの修理を盛大に施しつつもなんとか持ち堪えてくれたので、なけなしの資金でやってこれたわけだ。食料が出費の90パーセントを占めていたから、まさに赤貧洗うエンゲル係数の高さであるが、 実際、食べ物以外にお金の使い道がなかったのだ。

カリブの島々には、絵に描いたようなアンカレジ(係留場所)が数知れずあるので、わざわざ、高い料金を払ってマリーナに入るのは、愚の骨頂というものである。カリブ海の島にも、ひらけた島と、比較的未開の島と、無人島に近い島、そして完全な無人島があって、クルーズシップが立ち寄るような、免税店や土産物屋が並ぶ島は当然物価が異常に高い。

マルチニケ島のフォート・ド・フランスは、カリブの「小パリ」と呼ばれる美しい街だが、物価はパリ以上である。ところが、ほんの30マイルしか離れていない隣のドミニカ島に行くと、まだ貨幣経済が行き渡っていないと思えるほど安い。ただし、パリ仕込みのグルメ食料はない。あるのはドミニカ島産のモノや料理用のバナナ、果物バナナ、パンの木の実、パパイヤ、マンゴ、グレープフルーツ、ヤムイモ、その他こもごもの芋や根の類があるばかりだ。

我々日本人にとって助かるのは、どこに行ってもお米があることだ。ササニシキのような高級米を想像してもらっては困るが、学生時代に寮で食べた、灰色がかった古古米よりは白く、十分いけるご飯に炊き上がる。カリブでの主食は、ご飯に豆類のコッテリした煮物、青バナナを薄く切るか、叩き潰して油でから揚げしたもの、そして、芋や根っこのたぐいである。

そういった島にもレストランはある。浜辺の掘っ建て小屋をレストランと呼べるなら、の話だが。ふつう、そうしたレストランはヤシの葉で葺いた屋根があるだけで、その下に長いテーブルとベンチが幾列か並んでいる。壁はない。お客の食い残しをあさるのか、にわとりが自由に出入りしているし、本格的な残飯整理用として、少し離れたところに豚がいる。足を長いロープで繋がれた山羊もいる。ここでは完璧に近い食物連鎖が見られるのだ。そして、それらのにわとりや豚、やぎも、肉がついて食べごろになるとレストランの食卓に上る。

飲み物はといえば、ラム酒一種類のみで、これも一瓶50円からある。ラムは精製の荒い砂糖の塊の上に指2本分ほど注ぎ、氷か水、もしくはその両方で割ってライムを一絞り垂らすのがカリブのやりかたである。打ち明けていえば、粗悪なラム酒は、味を砂糖で、そして臭いをライムで誤魔化し、どうにか飲めるようにしている。まあ、こうしたレストランで外食というのも洒落たものだ。

燃料のディーゼルは異常に安い(1リットル約12円)。つねに貿易風が吹いているカリブ海では、エンジンを回す必要がほとんどないので、2年間の燃料費の総額はたった28ドルで済んだ。

こうした生活コストは、若いヨーロッパ人なら月200ドルほどの予算でやっているが、退職したアメリカ人たちは2000ドルでも足りないとこぼしている。その差は、どこまで陸の生活をヨットに持ち込んでいるかによる。どこまで自国の食文化を引きずっているかによる。砂漠で氷は高くつくというのと同じ原理が適応されているわけだ。

魚貝類はヨットの食卓を飾る一番大切な要素である。セーリングしながら船尾から流すルアーに、葉鰹やシイラ、サバ、カマス、ブリなどが大漁旗を揚げたくなるほどかかってくる。どうして魚が食いつくのか理解できないデザインのルアーもあるが、食いつくときというのは、何を放り込んでも食いつくものらしい。

そして潜りである。水中銃での漁と貝類の採取というのは、食生活の充実に直接つながるとなるので、誰もがあっという間に腕を上げる。これは間違いない。今まで見えなかった、ロブスターのアンテナが見えてくるし、不思議なことに、魚のほうからヤスに当ってくるようになるのである。そして貝である。クイーンコンクと呼ばれる50センチ以上の巻貝が獲れる。ハマグリ、シジミの類は、ある特定のビーチに限って無尽蔵に生息している。カリブの島に文明が育ち得なかったのは、「食」の獲得があまりに容易なうえ、「住」の必要がなかったからであろう。そして、「衣」もまた1年通じてTシャツと短パンでよいのである。

そんな環境にどっぷり浸かって島から島へと渡り歩くヨットライフが、私にはよほど性に会っていたというべきだろうか。このまま生涯を海と島で過ごせたら、と思ったものだが、いい話には終わりがあるものだ。きりつめるだけきりつめて、クルージングライフを引き延ばしていたが、あるとき、ついに手持ちが底をつき、2年に及ぶカリブ海クルージングをひとまず中断しなければならないときがやってきた。

手持ちの金が3000ドルを割ったら金策の算段をするべし、と一応のラインを引いていたのだが、ちょうどプエルトリコに着いたときにそのラインを割ったのである。こんな風にして、プエルトリコでの生活が始まったというわけである。

職探し談義は別の機会にするとして、プエルトリコで生活するには、まず車が必要になった。「プブリコ(公共のもの、の意)」と呼ばれる大型の乗用車や小型のマイクロバスが乗合タクシーとして、この街のなかを縦横に当てにならないスケジュールで走ってはいるのだが、夕方の5時にはそれも忽然といなくなり、連れ合いの通勤には使えそうもない。やむにやまれずニッサンの中古車を買った。運転や道路事情に、それぞれのお国柄があるのは、すでに体験済みだと思っていたが、このプエルトリコはさらに上をいく、なかなかの交通事情があるのだ。

 

 

第21回:泥棒がデザインする家

 
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