第57回: ただ憧れを知る者のみ
道産子だから、泳ぎは苦手だった。海は冷たいもの、海水浴は盛大に焚き火を燃やし、身体を暖めながらするものだった。一度水から上がると、もう一度飛び込むのには、勇気以上のものが必要だった。歯の根が合わなくなる程に震えるのが海水浴なのだ。そして、いつも、こんなシバレない海で長時間水中散歩ができたら、どんなに素晴らしいことだろうと思っていたものだ。
十数年いた地中海では、少なくとも夏の3、4ヶ月は水が温み、海で遊んだが、地中海は海水こそ澄んではいるが潜って遊ぶには退屈なところだ。珊瑚礁が少なく、海流も潮流も弱いので、魚や海中動物が少ないのだ。
ところが、ここカリブにやってきて驚いたのは、年中水温が高く、夏の半年は薄手のウエットスーツすらなしに、平気で4、5時間水に浸かっていられるのだ。冬場でも、半袖、短パン式のウエットスーツで充分間に合う温かさだ。そのうえ、リーフの美しさ、多様性はどうだろう、まさに何時間水中メガネとフィンだけのシュノーケルをしていても飽くことがない。
リーフ近くの海面を漂っているだけだが、次第にリーフの裏を覗くようになり、暗い岩穴に頭を入れ、その奥深く複雑な狭い洞穴を探るようになり、垂直にズリ落ちた岩礁づたいに自分でも驚く程の深さまで潜ったりするのだった。カリブにきてから一体どれだけの時間を海に浸かって過ごしてきたことだろう。
連れ合いの甥っ子が3人やってくることになった。3人とも海岸まで飛行機で3、4時間という、アメリカの中西部育ちで、一番年下のブレイクは海を見たことすらなかった。サム14歳、マックス11歳、ブレイク8歳。
彼らを呼び、来ると決まってから我々の側に不安が出てきた。
サムとマックスの兄弟は、二人で放っておくと殺し合いの喧嘩をしかねない、と母親からの注言があるし、一人っ子のブレイクは親元を離れたことがなく、虚弱な体質で身体が2週間の海の生活に耐えられるかどうか疑問だった。そして3人とも、好き嫌いがやたら多いときているのだ。
私の方はと言えば、海の上か中だけに限って、まだ、ほんの少し彼らより体力で勝っているのを頼りに、面倒見のよい餓鬼大将の役割を演じなければならなかったのだ。
結果、3人に海を体験させるのは大成功だった。ヨットの操船、ロープワーク、航海術の基礎を教えたが、それよりもなによりも、シュノーケルに没頭しだしたのだ。はじめはやっとシュノーケルから水を吹き出せるかどうかだったのが、半日もすると、彼らを水から上げるのが難しくなるほど、水中散歩にのめり込みだしたのだ。
彼らが見た魚、生物はその日のうちに図鑑で名前を調べ、スケッチをさせ、もっともらしく俗名、学名を書かせたりしたが、怪獣の奇妙な名前を覚えることで鍛え上げられた彼らの記憶力には底知れぬものがあり、老いたる餓鬼大将の遥かかなたに霞んだ記憶をあっさりと凌駕したことだ。
2週間後、マックスとブレイクは海洋生物学者になる、と決意したのだ。もちろんそんな子どもの ”将来、何になりたい”式のたわごとを100%信じてはいない。が、私自身、小学校で観に連れて行かれた、もう題名すら覚えていないヨットの記録映画が、今までの海との拘わりを決定したと言ってよい。
こうして老年にさしかかった今、振り返ると、なんと壮大な無駄にも似た年月を海で過ごしてきたことだと思う。確かに、海は私に膨大なエネルギーと時間を要求してきたが、同時に、憧憬を持ち続ける者だけに許される喜びがあることを教えてくれたのだ。
甥っ子どもが大きくなってからも、カリブの海の青さ、臆病で間の抜けた亀、カメレオンのようにスーッと背景に溶け込んでしまうピーコック平目、打ち寄せる波の音を思い出すことがありますように。
第58回:
悪役 その1