第17回:シングルハンダー病
更新日2001/08/16
グレナダ島のセントジョージズにアンカーを入れ4〜5日も経ったころだろうか、いかにも手造り風のカッターがエンジンなしで入ってきた。
混み合ったアンカレッジを巧みに縫うように抜け、私たちの船の近くに投錨した。その船は24〜25フィートほどの大きさで、ハルもデッキも灰色に塗りたくった無骨な面構えで、乗っている男も船同様にしゃれっ気がなく、潮っけが多い風貌だ。
「よかったら飯でも食いに来ないか」と声をかけたのが運のつきとまでは言わないが、大げさでなく、彼は丸8時間我がヨットに居座り、2回食事をし、その間ラムを飲み続けたのだ。それはよい。しかし8時間みっちり話しまくられたのには芯から疲れた。
彼、ジョンはオーストラリアを出て、インド洋を渡り、ケープタウンでヨットの修理をし、そこからへ大西洋を斜めに横切ってカリブのグレナダ島に着いたところだった。長い単独航海(シングルハンド)の末の最初の話し相手が私たちだったというわけだ。彼をおしゃべりジョンと名付けたが、彼はまさに息を切らすようにマラソンスピーチを展開した。
彼の話しかたは、人にモノを聞かせるというより、自分のなかに溜まった物を吐き出すように、しかも溜まった物が多すぎて、口の回転が追いつかないという感じでひたすらまくしたてた。それが、その日だけでなく、翌日も、またその次の日もと、連日続くようになった。幸いにして、これは普通ではないと思い始めたころ、おしゃべりジョンは他のヨットにも上がりこむようになったので、その分だけ我々の分担が減った。
これほど病的にしゃべりまくるシングルハンダーはジョンが初めての経験だったが、なにもジョンに限ったことではない。絵に描いたような風貌、豊かな髭に覆われ、潮焼けした寡黙そうな顔のシングルハンダーや、長期間の孤独にも耐える並外れた強靭な精神を持つシングルハンダ−が、いったん打ち解けて話し出すと、堰を切ったようにしゃべりまくるのだ。彼らは、まず他人の話はまるで耳に栓でもしたように聞かずに一方的にしゃべりまくるのだ。
それがあまりによくシングルハンダーたち全部に当てはまる症状なので、私たちはそれを「シングルハンダーシンプトン(症状)」と名付けた。
2人だけ例外に会ったが、そのうちの1人、スイスのエリックは異常なほどのきれい好きで、完全主義という、およそヨット乗りとは相容れない悲劇的性格を持っていた。パーテイなどで彼のヨットが会場になると、無神経なヨッテイーがこぼすワインやたばこの灰に彼の目が走るのが痛いように見て取れるのだった。ホストとしての彼は一言も「俺の船を汚すな」などと言わないが。彼はハワイで自殺した。
もう1人のイギリス人シングルハンダーは、次第に寡黙になり、挨拶や受け答えはするが、心そこにあらずの印象を受ける人物だった。ある日、たいした準備もせずにヴェネズエラへ向かい、そのまま消えた。彼の奥さんが八方手を尽くして探したが8年後の今も行方不明のままである。
私も短い期間、1人でヨットを出すことはある。これはこれでなかなかよいものだ。大洋を1人で漂うと、特別な感性に触れるものがある。内にこもった、都会の孤独とは別種の孤独というか、物理的な距離において絶対的に1人だという感覚を、素直に受け入れることができるのだ。しかし、詰まるところ早く目的地に着きたい、連れ合いや友だち、ほかのヨッティーたちに会いたいという気持ちが根底にあるのを否定できるわけもない。
「自分は孤独を愛する」と公言するような人間には常に嘘臭さがつきまとうものだ。人は人とのぬくもりを求めているのだろう。あのおしゃべりジョンは健全な精神の発露としてしゃべりまくったのだ。
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