第54回:シーマンシップと保険 その2
更新日2002/08/15
「ARCTIC」の悲劇の教訓は生かされることなく、同じような悲劇が、その後幾度となく繰り返された。タイタニックの場合にしろ、上級クラス乗客と最下級クラスの乗客の生存率に大きな差があることだろう。
一体、シーマンシップ、ここでは船員が乗客の安全、命を優先させ、自分の命は二の次にし、船長は最後まで船に残り、船と共に死んでいくようなことを、モラルとして、心理的な圧力をかけることが許されてもいいのだろうか。
もう十数年も前になるが、自分のヨットで大西洋を渡る時、保険会社に、もし私が死んだら保険金はいらない、ヨットが沈んで、私が助かった場合にだけ下りる保険はないかと問い合わせたところ、言下に断られた。船やヨットには持ち主が別にいて(ほとんどの本船がこれに相当する)、船本体および乗員、乗客に保険をかけるのが通常だ。船会社は船が沈んでも、損はしないシステムになっているのだ。
しかし、船長以下船員が避難した後で、船だけ無人のまま浮き漂うことがままある。このようなケースは保険の支払いは微妙になり、船長は職場放棄、職務怠慢などなどで苦しい立場に立たされる。保険会社と船会社にしてみれば、船長が船の最後を見届けてくれるのがノゾマシイ事態であり、船長が船に最後まで残り、船と一緒に沈んでもイタシカタのないことだと、陸(オカ)の人間は思っているのだ。
船員は常に乗客の命を優先させ、船長は最後まで船に残るというシ−マンシップは、保険会社と船の持ち主の都合で生まれたモラルなのだ。本人も生きるか死ぬかの状況で、他人を優先させることは、いかなるモラルをもってしても、縛ることなどできはしない性格のものだ。
私は商売柄、よく飛行機に乗るが、どこの航空会社のスチュワーデスにしろ、きょうび、フライトアテンダンスと呼ぶらしいが、事故の際、彼らが頼りになるとは、露ほどにも思えない。
翻って、時折、ピンチヒッターとして動かす、50人乗りのシュノーケルツアー・カタマランに何かの事故が起こった場合、自分がパニックにどう対処するのか、真っ先に逃げ出すかもしれないし、お客が持ち込んだ犬を救うために死ぬタイプなのか、分らないのだ。
愛する者のために自分を犠牲にするのは、易しくはないが可能だろう、しかし、連日押し寄せてくる、ピンクに日焼けし、太った観光客のために同じことができるだろうか。
パニックに陥ってみなければ、表面に出てこない性格があるものだ。ただ、そんな状況に陥ることなく、一生を終えたいと思う。
第55回:
"怪 談"