第50回:ヨットは女性名詞か?
更新日2002/07/18
「男が心底から喜びを得ることができるのは、危機においてか、遊びの中だけだ」とニーチェがどこかに書いていたと記憶している。このことを30年来の旧友にもらしたところ、妙に感じ入り、「そうだよな〜、危機と遊びが結びついた浮気は、だから止められないよな〜」と言ったものである。当方はヨット、セーリングのことを念頭においていたのだが…。
ヨット乗りは男性が圧倒的に多い。カップルでクルーズしている場合でも、男性の意向に女性が従っているケースが圧倒的だ。「あんたがそんなにヨット、ヨットと騒ぐのなら、しょうがないから、付き合いましょう」というのが本音のようだ。詳しい統計を取ったわけではないが、男性のみ、または男性が主のタイプが90%を越えるのはまず間違いないところだろう。
私たちの棲むマリーナにも、ダンナは毎週末来るが奥さんの方は全く姿を見せない例は軽く十指を越える。男どもはデッキ、ハルを洗い、磨きをかけ、新しい計器を取り付け、エンジンオイルを交換し、一汗かいて、ドックボックスに腰掛けビールを飲み交わしながら、ヨット談義に花を咲かせるのだ。
そして各々が自分の船が一番だと思い込んでいるのだ。いったい、自慢話は鼻持ちならないものでが、お国自慢とヨット自慢は、僅かな距離を置きさえすれば、楽しいものだ。自分の船がこの世で最高とは誰も信じてはいまいが、自分にとっては一番素晴らしい、というわけだ。
オレのヨットのスターン(船尾)を見ろ、なんとセクシーな形状ではないか、いや、オレのヨットが波とウネリに身を任せ、抱かれるように風と一体となって進むさまは、セックス以上のエクスタシーの世界だ。そりゃそうだろう、お前の古女房とのセックスに較べりゃ、どんなボロヨットのセーリングだってエクスタシーさ、云々と永遠にやりあっているのだ。
男どもは、はっきりと、自分のヨットを非常に嫉妬深い恋人扱いにしているのだ。ヨットを頻繁に買い換える男は、離婚・結婚を繰り返し、一隻のヨットに手間暇を惜しまず、本人の気に入るよう作り上げていくタイプの男は、銀婚・金婚式を迎える傾向が明確に見て取れる。
奥さん連は、ダンナどもにヨットというオモチャを与えておけば、幸せそうにしているので、ならそれでよいではないかという、あきらめの混じった、はるかに大人の態度でヨットとの浮気を許しているようだ。
やはりヨット、船は女性扱するのが伝統的なやりかたであり、理にかなっているのだろうか。はるか昔、英語の名詞には男性、女性、中性があり、一向に訳の分からない理由で分類されているのを知った。後年、スペイン語をかじったとき、冠詞も、形容詞もそれに応じて変えなければならないと知り、往生したことだ。
ところが、この10年ほどになるだろうか、読み散らしている数冊のヨットの雑誌から、船を"She"と書いている記事が減り始めたのだ。ウーマンリブの圧力の強い、アメリカで"She"が消え出し、今ではイギリスの雑誌にも"She"、"her"を見ることがほとんどなくなったのだ。天下のロイド(ヨットから貨物船までの登録、保険会社)も船を"She"ではなく、"It"と呼び出した。
外国語を習う時の障害が減るのはいいが、男性、女性名詞を使い分ける、微妙な味わいが失われるように思う。
第一、"It"では猥談が成り立たないではないか。
第51回:コミュニケ-ション