第13回:ボートボーイ〜その2
更新日2001/07/06
カリビアンボートボーイの名だたる島として、ドミニカやサンタルチア、セントヴィンセント、グラナデイネスが挙げられる。いずれも旧イギリス植民地である。英国はこれらの島々に貧困と悲惨と混沌を残して去った。その差はフランス、スペイン、オランダの旧植民地と比べるといっそう明確になる。旧英国植民地論はさておき、東カリビアン(ウィンドワード諸島という)では、彼らボートボーイといかに付き合うかがクルージングを楽しい物にできるかどうかの鍵になる。ボーイと呼ぶとはいえ、50歳位の白髪交じりのおっさん風のが、バカでかい船外機を付けた木造船でいち早く乗り付け、配下の子分を取り仕切り、振り分ける所もある。指名をめぐってボートボーイ同士が派手な立ち回りを演じたのを目撃したこともある。
マルガリータ島の南西に、ボカデルリオ(河口)という固有の地名と呼べないような名をつけた湾がある。うねりが入らず海流に洗われることもない静かな入り江である。膝ほどの深さのところに、ブイに繋がれた平底の漁船が並んでいる。河口でもあり、周囲をマングローブに囲まれているとなると水が濁り、アイボールナビゲーション(水面下を見ながら船を進めること)ができなくなる。我々の不安を見越したかのように、まさにどこからともなくスーッと船外機を付けた漁船が現れ、俺について来いとジェスチャーで示してくれた。すこしばかり資本のかかったボートボーイの出現である。
あまりヨットの立ち寄らぬ湾などでの漁師の水先案内は危険を伴う。というのは、ヨットがどれだけ深い喫水を持っている船なのかを岩礁で漁をしている漁民は知らないからだ。
ところがこの中年のボートボーイはまず彼の小船を寄せ、我がヨットの喫水はいかほどであるかとたずねてきたのだ。しかも、聞き取りづらい漁師言葉ではなく、外国人相手を心得てゆっくりはっきりと話してくれるではないか。この場は彼を信用して、彼の小船のあとに着いていき、彼の指示どおりの場所にアンカーを入れることにした。こうしてこの中年ボートボーイ、「チコレンチョ」との1週間が始まった。
彼は迷路のようなマングローブを彼の小船で案内してやると切り出した。いつもなら迷ってもいいから自分のディンギーでマングローブ水郷を探索するところだが、彼に押し付けがましいところがなく、料金もはっきりと提示してくれたので、当時の我々にとっては大予算にあたる2人で6ドルという出費を許したのだ。
海水にしっかりと根を降ろしたマングローブが広大な水郷地帯を作り上げている。緑のトンネルに入り込むと、まもなく視界が利かなくなり、水面も抹茶色に染まる。梢を通して途切れ途切れ射し込んでくる光だけが、この緑の小宇宙の上に外界があることをかろうじて知らせてくれる。エンジンの音に驚いたアイビス(トキの仲間の水鳥)が鋭く鳴きながら水面低くよぎる。チコレンチョは喋り過ぎることもなく、自らも楽しむかのように船を進めた。
島を北に抜け、バイアノルテに出た。バイアノルテすなわち、北の浜である。この10数キロに及ぶ砂浜はハマグリやシジミの爆発的な生息地である。朝、チコレンチョがツアーの出迎えにやって来たとき、「チピチピを採るからバケツをもってこい」と勧められ、我々はそれがなんなあのか解らぬままバケツをぶら下げてきたのだが、ハマグリやシジミのことだった。チピチピをバケツ一杯採るのに15分もかからなかったと思う。足首が隠れるほどの水深の場所で砂をすくい、海水を指の間から砂と一緒に流すと、手のひらに5個から10個ほどの貝が残るのだ。これほど簡単に取れるのが信じられないほどだった。貝塚がなぜ存在するのかわかったような気がした。
この翌日から、チコレンチョの家族や親戚、友達、隣人らの訪問攻勢がはじまった。皆、好奇心旺盛でヨットのなかを見たがり、話したがった。洗練されているとはいえないが、礼儀正しい人たちだった。連れ合いが焼く、いたって素朴なケーキとコーヒー、紅茶を喜んでくれた。そのお礼の意味なのか、それとも単にもてなしの精神のなせるところなのか、今度は彼らによる招待攻勢が始まった。オンボロ車で島を1日かけて案内してくれるわ、昼食、夕食に呼ばれるわで、静かにくつろぐことなど許されないまま1週間が過ぎたのだった。こんなふうに、世間では必要悪と見なされているボートボーイによって、我々のクルージングはよりカラフルになった。
正直のところ、ボートボーイがいなければ、どれほど静かに島々を回ることができるだろう。しかし、それは景色を楽しむことだけを目的にした場合の話だ。いいかげんな役人がいて、ボートボーイがいて、底抜けに親切な太ったおばさんがいてこそ島を訪れる面白さがある。公然と袖の下を要求する役人のいる島でのことだ。ボートボーイに払うお金は地方税かマリーナ料と考えればべラボーに安いことだし、ここは大人(タイジン)たるべき態度を少しばかり身に付けるところなのだろう。地中海ではボートボーイと見なされてきた私が、ここカリブでは連れ合いや他のヨット乗りに向かって、ボートボーイを海の仲間、友達として扱えなどと説くほどになったのだ。
たいそう出世したものだ。
第14回:クバグア島〜その1