第9回:海の人
更新日2001/06/07
ヨット族には奇妙な組み合わせがたくさんいる。はたから見ると誰と誰がカップルなのか、親子なのか、夫婦なのか、あるいはヒッチハイカーなのか、判断しかねる輩がクルーを構成していたりする。
とくにヨーロッパ人のヨットにはその傾向が強い。たとえばスペインで出会ったモーリーンとサイモンは2年越でクルージングしているカップルだった。モーリーンはブリテシュ・エアウエイのフライトアテンダントを辞め、37フィートのカッターを買ってサイモンにヨットを教わりながらキャプテン免許の勉強をしている。サイモンはルームメイトならぬヨットメイト兼家庭教師。彼はゲイである。モーリーンにはバートという恋人がいて、かつ別居中のダンナも、かなり頻繁にヨットに泊まっていく。男3人、女1人の組み合わせである。
若い女性が3人、4人と乗っているヨットはやはり華やいで見えるし、しかも、そういう彼女たちの船のキャプテンらしき人物が中年のサエないおっさんだったりすると、どうしても羨望とヤッカミが入り交ざった複雑な感情が湧き起こるのはいたしかたない。
あるとき知り合ったスイス船籍のカタマランは30歳前後の男性2人に若い女性3人の構成だったが、彼らの船を何度訪れても、彼らがどういう関係なのかてんでわからず終いだった。しかし彼らのヨットには独特の調和のようなものが感じられ、いつでかけても、おおいに歓待された。誰が命ずるわけでもないのだが、簡単ながらすこぶる美味しいオードブルがテーブルに並べられて、ワインが抜かれた。そしてそうした食べ物を準備した人には他のクルーから優しさのこもったお礼の言葉がかけられるのである。連れ合いともどもどういう組み合わせなのか不思議に思っていた。ところがあるとき、切らした塩コショウでも借りるような口調で、オーナーのスイス人が「今晩、ORGYパーティーするので来ないか?」と我々を誘った。このパーティ、集団でセックスするということである。デンギィーを漕いで我が船に帰るとき、連れ合いが「サノ、ホントハ アノヨットニノコリタカッタンデショウ」と我が心を見透かしたようなことをのたまった。
その後も彼とはクルーズの先々で会った。女性の一人はドイツのマッチョマンのヨットに移り、もう一人はオーストリア人の元へ、もう一人は故郷に帰り、オーナーもまた2週間スイスに帰る機会があり、その間、彼の猫とヨットの世話をしたりする付き合いもあった。彼とは最後にヴェネズエラのモチマで会ったが、「もう人間はうんざりだ。単独で太平洋に向かう」といっていた。そのときの彼のカタマランは不用意に大きく感じられ、以前は乱雑ながらも温もりの漂っていたキャビンは、ただだらしなくに汚れてみえた。
狭いヨットのなかは逃げ場がなく、ときには劣悪な条件に襲われる。常に揺れ、濡れ、船酔いするようなコンデションのもとで、人間関係が極めて難しくなることがある。単なる憧れだけで超距離のクルージングに加わったり、気軽にクルーを乗せたりすれば喧嘩別れに終わることもしばしばだ。
逆に長年に渡ってクルージングしているカップルは、互いを深く理解しあっていて信頼の絆も固い。そうでなければ、とっくに別れていることだろう。互いにほどよい歩みよりがなければ続かないのだ。30年連れ添った夫婦が退職して、夢のクルージングに出たとたんに離婚したケースは呆れるほど多い。24時間顔を突き合わせ、ときには生命の危機に遭うクルージングは、夫婦の結びつきを試すための良いテストコースかもしれない。とにかくあっという間に結果が出るのである。付け加えていうと、中古のヨットを買うなら、離婚した夫婦が所有していたものがお買い得だ。ちなみに私の現在の商売はヨットのブローカーです。
第10回:偉大なヨット乗りと、偉大ならざるヨット乗り