第44回:紳士のスポーツ
更新日2002/06/06
私は紳士たらんとしたこともないし、紳士たる者をヒトが紳士と呼んでいるからといって別に尊敬してもいない。Gentlemanは男性用トイレのことと思っている。
品の悪い悪酔いイギリス人ヨットレーサーたちの方がよいとは言わないが、肩肘張り、大英帝国を背負っているようなタイプには、気楽にやりなと肩を叩いてやりたい気がする。
ヨットは紳士のスポーツだと、かなり昔のことになるが、言われたことがあった。とりわけ外洋レースは観客がいないし、万が一競争相手のヨットが危機に陥った時には、レースを投げ打っても救助に向うのがシーマンシップであり、実際にこんな事態は幾度となくあった。
ギネスブック大流行の時世である。記録を公認するには、証人はもとより様々な条件を設けるようになってきた。だが、大西洋、太平洋横断、世界一周などの記録は、本人が付けた航海日誌が基本であった。あったと書いたのは、ほんの一昔前まで、大洋の真中からの信頼できる小型の交信手段がなかったからだ。
1968年から1969年にかけての世界一周レース、Golden Globeレースにイギリス人、Donald Crowhurst
は自作のトリマランをTeignmouth Eletronと名付けて参加した。
大西洋を南に下り、喜望峰を回るはるか以前に、Donaldのヨットは壊れ始め、レースを放棄し、ブラジルに向った。その時点でレースは棄権、失効になるはずだった。
しかし彼は、ハムラジオの定期交信で、あたかも世界を回っているかのようにレース本部に連絡し、本人はブラジル、アルゼンチンのヒト気のない湾を転々とし、ヨットを修理しながら7ヶ月過ごしたのだ。
その後、他のレース艇が南洋を回り、ケープホーンを越え、大西洋を北上し始めた頃合いを見計らって、この卑劣漢はレースに加わったのだ。
大西洋の中ほどで、貨物船が1隻のトリマランを発見した。Donaldのヨットだと直ぐに判明したが、ヨットにヒト気はなく、Donaldは忽然と消えていた。レース本部が情報を集め出したところ、Donaldがどこでいかに7ヶ月を過ごしていたかの証拠、証人が続々現われ、レースから除名されてしまった。
いかさまがバレそうになり、自殺したのだろうとも、単なる落水事故だとも、ウィンドヴェーン(風で動く自動操舵装置)をセットし、ヨットだけを押し流し、本人は南米のどこかに隠れているとも言われているが、いまだにDonaldの行方は分らない。
現在、海での様々な記録を公認する委員会さえできている。12人のメンバーと40人の役員が世界中に散らばり、記録に挑戦するも者は前もって委員会に届け出なければならず、それなりの費用を、たとえば世界一周の場合1,200ドルを支払わなければならない。
委員会はそのヨットの毎日のポジションをモニターし、不正と安全に目を光らせるのだ。なにやら、記録に餓えた亡者が増え、寂しいことだ。
誰に害を与えるでもないし、記録亡者をただあざ笑っただけさ、とDonaldが南米のどこかで、ほくそえんでいそうな気がする。
第45回:アンとポール