■貿易風の吹く島から〜カリブ海のヨットマンからの電子メール

佐野草介
(さの・そうすけ)


道産子。小学生の時、フランス人4人がヨットで世界1周する記録映画を見て、人生の針路を決定する。水上生活者として20余年。前半は地中海、後半はおもに大西洋とカリブ海で暮らす。現在はカリブの砂州、カージョ・オビスボにヨットを舫い棲家とする。




Caribbean Sea Map


Puerto Rico Map
第8回:一番好きな島

更新日2001/05/31 


すべてとはいえないが、カリブの島はほぼくまなく知っているつもりだ。

2年間のクルージング、そしてその後プエルトリコに移ってからは夏休みの2カ月と冬休みの1カ月を費やして、まるでシラミツブシのように島々を訪れたからだ。当初は多少なりとも意地になってそうしていたことを告白しなければなるまい。

そんなわけで、どの島が一番よかったかという問いに答えなければならないことがしばしばある。

ヨットやセールボートでのクルージングなら、B.V.I.、つまり、ブリティッシュ・ヴァージン諸島が一番だろう。由々しくもサー・フランシス・ドレイク海峡と名づけられた、点々とする島々に囲まれた海域である。ここには大西洋やカリブ海のウネリは入ってこないが、常に貿易風に恵まれているところだ。ハリケーンのシーズン以外は、まず時化(しけ)ることはないし、無風に悩まされることもない。ヨットの理想郷といってもよい。

ブリティッシュ・ヴァージン諸島には、よいアンカレッジが数多くあり、2〜3時間のセーリングで隣の島へ、次のアンカレッジヘと移動できる。それらの島々やアンカレッジはどれもバラエテイーに溢れている。高級リゾートのある島もあれば、ひなびた漁村風の入り江もある。ラム酒の広告写真に使えそうな真っ白い砂浜にヤシの木が数本生えているだけの島もある。船足を延ばしてアネガダ島まで行けば、訪れるヨットの数も格段と少なくなり、何キロにも及ぶビーチを独占できる。

ブリティッシュ・ヴァージン諸島は、お隣のU.S.V.I.(米領ヴァージン諸島)とは比較にならないほど犯罪が少ない。ヨットを1〜2週間チャーターするなら、ここが絶対のお勧めである。唯一の難点は、近年はチャーター会社が大挙して米領ヴァージン諸島から移転してきたために、チャーターヨットで混み合ってきたことだろうか。

私の連れ合いはバルブーダ島を第一に挙げる。バルブーダ島はアンテイグアの北、25マイルにある平らな島で、海抜があまりに低いために、島から2〜3マイルの距離に近づくまで島影が見えず、蜃気楼か逃げ水のようなヤシの木のてっぺん部分だけが水平線に浮かんでいるように見える。

島の周囲は岩礁やリーフやさんご礁が多く、アイボール・ナビゲーション、つまり、目視による航海術が必要になる。太陽が真上にあるときは、連れ合いがマストに登り、水路を指示し、私はその指示にしたがって舵を取るという、夫婦関係を危機に陥れる可能性の高い共同作業を強いられる。船をこすったりのし上げたりすると、「ワタシノ、イッタトオリニウゴカサナイカラ!」「違う!お前の指示がはっきりしないからだ」と罵り合いが始まるわけだが、こうしたアプローチは、よほど経験を積んだリーフ・ナビゲーターに限るなどとヨット用のガイドブックにはある。しかし誰しも初めから経験を持つことはできないし、経験を積んだヨット乗りになるには、ゼロから初めなければならないわけだ。

それにしても、手に取るように見えるコラールヘッドを擦り抜けるというのは気持ちのいいものではない。ココア湾にアンカーを入れたときには心の底からホッとしたものだ。

アプローチが難しいということは、他のヨットがほとんどいないということである。そんな島の海の水は信じられないほどの透明度で、シュノーケルをやるには極上の条件がそろっていた。白砂の上に点在する色彩豊かな珊瑚礁、さまざまな種類の魚貝類、人気のまったくない砂浜…。バルブーダはカリブの箱庭である。すべてがあまりに美し過ぎて、野性味に欠けるところがある、と私には思えるのだが。

私はロス・ロケス諸島こそカリブのパラダイスだと思う。ベネズエラ領で、本土から70マイル離れている群島である。東西に約15マイル、南北に8マイルの環礁で、海面から頭を出している本格的な島が20ばかりもあろうか。砂州や岩礁の類は無数にあり、それぞれがよい投錨地を提供してくれる。環礁の切れているところをパスと呼ぶのだが、そこを通って内湾のラグーンに入ると、海が嘘のように静かになり、海底がおもしろいほどよく見えてくる。しかし、パスを見つけ、それを抜けるのはなかなかのチャレンジである。ベネズエラ海域はまだチャートが完備しておらず、航海標識もあてにならない。そのときはロス・ロケス環礁の南東のボカ・デ・セバストポール・パスからラグーンに入る予定でアプローチしたが、パスの南側にあるはずの点灯ブイが見つからなかった。行ったり来たりしながらパスを探していると、とうとう2メートルほどの竹竿に汚れた赤い布が縛りつけてあるのをみつけた。それが航海標識だった。このあたりでは数知れないヨットや貨物船が座礁し、沈んでいるのである。

南カリブ海の水はオリノコ川の影響で、緑がかった青である。西への強い海流に洗われ、栄養塩類に富んでいるのだろうか、ロス・ロケスの魚も貝も巨大である。クイーンコンチ貝は70〜80センチの大きさにまで育ち、それらを好きなだけ拾い集めることができる。身を引き出し、それを薄切りにすれば、酢の物やシチュー、カレー、干物と、いろいろな食べ方ができる。貝殻はかなり重く、穴をあけてロープを通せば、ディンギーのアンカーとして使えるほどだ。ロブスターもうようよいる。しかし、あまり大きいものは味が落ちる。これだけたくさんいるのを見れば、やっぱり500グラム〜1キログラム程度のものが一番食べごろだ、などという贅沢な注文も出てくるのである。今晩の夕食に何を食べたい? スズキ? タイ? ハマチ? アジ? それともまたロブスターにする? と連れ合いの注文を受けて潜りに出かけたものである。

ロス・ロケスでは自分の中に潜んでいた狩猟本能に目覚めた。海の豊かさという点においては、このロス・ロケスは群を抜いている。野生をふんだんに残しているという理由で、私はこの海流に洗われるこの岩礁を第一に挙げたい。

 

 

第9回:海の人

 
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