第93回:ヴィエキス島 その3
更新日2003/05/29
基地返還とプエルトリコ独立運動は深く関わりあっている。が、プエルトリコ独立党に投票した者はほんの5%にしか満たない。政治に関して、プエルトリコ人がスイカに例えられる所以である。スイカの外側は皆緑色だが、中を割ってみるまで、中身の果肉が真っ赤なのか、まだ青いピンクなのか、はたして黄色なのか分らないからだ。
プエルトリコ人が人前で、とりわけよそ者の前で激情に触れるたように愛国心を振りかざし、投票場ではハタと自分が軍から貰っている年金、米国政府からの社会保障のお金が脳裏にチラつき、アメリカの統治領でよいと判断することとのに間になんの矛盾もないのだ。
プエルトリコ成人の60%が米国から何らかの形で社会保障のお金を受け取っているのに、プエルトリコの住民は米国に税金を払う義務がないのだ。アメリカ人がプエルトリコを扶養家族のように、厄介者扱いする所以だ。
弁護士であり、大学で教鞭も取っているフランシスコは、自他共に認める独立党の闘士だ。彼は私のプエルトリコ人スイカ理論に対してこうと言ったものである。
「どうして、投票日に政府がバーを閉め、アルコールの販売を禁止しているか分るか? そうでなければ、投票の前に、皆バーで一杯ひっかける、そうなるとどうしてもプエルトリコ人なら誰しも持っている愛国心に火がつき、その火を消す間もなく、冷静に自分がアメリカから受けている恩恵の価値判断をしないで投票することになるからさ」。
「投票日にバーを開け、ラムをふんだんに飲ませれば、プエルトリコの独立は間違いない。それを避けるために政府は、投票日のアルコールを禁止しているのさ。政府は実によくプエルトリコ人の心理を知っているよ。」
米国が日本を統治していた時代、マッカーサーが日本人の精神年齢は11歳とか12歳と本音を吐き、日本のジャーナリズムが日本人を侮辱するものだと騒いだことがあった。
マッカーサーは、日本人のアメリカ的民主主義における社会意識のことを言ったのだが、ジャーナリストは逆に彼らの意識が12歳的愛国感情にとらわれていることをさらけ出した結果になったのを思い出した。
島国日本に育った者として、大なり小なりアメリカの影響を受けながら生きてきた者として、プエルトリコ人のスイカ心理は自分の内を覗くようによく分るような気がするのだ。
ヴィエキス島の返還地は内務省の管轄下に置かれ、自然保護地区になる予定だが、それに対し、主にヴィエキス住民からは全面返還、つまり、モトの地主に土地を返せとの声が高い。
隣のセントジョン島ではロックフェラー財団が島の3分の2を買い、国立公園にするという条件で丸まる国に寄贈した。おかげで他の島で見られるような乱暴な、コンクリートだらけの観光開発から島を守ることができ、逆に、静かさと自然を愛する息の長い観光客を呼び、島の発展に絶大な貢献をした。
独立党のフランシスコの意見はこうだ。
「プエルトリコのものはすべてプエルトリコに、が基本だ。だが考えてみろよ、あの基地跡を個人に返還するとなったら、(すでに旧地主は保障金を貰っているのだが…)大混乱は避けられないだろうし、必ず観光乱開発が始まるに違いない。それに今のプエルトリコ政府は信用できない。ホテル、ゴルフ場などの認可を乱発し、裏金が大量に動くのは目に見えている。現状ではアメリカが、国立公園か自然保護地区に指定し、それを貫くのが最善の策だと思うね。そう、俺もある意味では、スイカなのさ。」
一度も、独立したことがない島国の人間の心理には、どこか屈折した複雑ところがあるのだろうか、10年以上プエルトリコの一端に住み、プエルトリコ人の友人も大勢持っていると自認もしているのに、今ひとつプエルトリコ人を理解できないでいるのだ。
独立とは常に高い代償を払わずに完結し得ないものだと信じ込んでいたのが、どうもプエルトリコの場合はいかなる代償も払うことなく、美味しい果実だけを収穫しようとしているように見える。
外観だけから美味しいスイカは判断できないことを痛感した。
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