第40回: 二つのやりかた
更新日2002/05/09
動力や風力に頼らずに、船を動かすには基本的に手を使うか、足を使うかしかない。足を使うのは、公園の池で貸しているようなペダルボートだ。経験してみると分かるが、なかなかシンドイ乗り物で、15分と力漕できればよい方である。
あれで大洋を渡ることはできないと信じていたところ、プレスリー狂のフランス人がペダルボートで大西洋を渡って来た。ペダルを漕いで、自分の生まれ故郷Evianから、プレスリーの故郷Memphisに行くという願をかけ、実行したのだ。
Evianはスイス近くの山村なので、船で下れるような川はない。そこで、このプレスリーと漕ぐことに取付かれ男・ボバードは、ペダルボートをトラックに積み、自分はトラックと一緒に自転車を漕いで、スペイン南端の港町カディスまで行き、そこから、ペダルボートで大西洋へと出たのだ。
ペダルボートには違いないが、公園の池のものよりはるかにスマートで、荒天に耐えうるような外見である。この船はもともと日本のセイコーが手漕ぎボートとしてデザインしたものを、ペダルボートに改良したものだ。全長6メートル、自重300キロ、波、ウネリ、風のない平らな水面なら2.5ノット(時速約4.5キロ)出せる。
自分に何事かを課し、それをやり遂げる人に共通して言えることは、失敗しても諦めず、失敗を次のチャレンジに生かすことだ。山育ちのボバードはスイス国境のレマン湖で試乗しただけで、海に乗り出した。2度失敗し、救助された。3回目にポルトガルからカナリア諸島のテネリッフェまでの1,600マイルを27日で渡った。翌年、テネリッフェから大西洋に乗り出し117日後、あとほんの40マイルでカリブのグアルダルーペに着くという地点で力尽き、漁船に引かれてカリブに着いたのだ。
ボバードはこれを潔しとせず、なんとボートをカナリア諸島へ船積で送り返し、もう一度、渡り直したのだ。今回は88日かけ自力でカリブの島マルチニクに到着したのだ。テネシー州、メンフィスまではまだ遠いが。
もう一つの、手の方は言わずと知れた、オールで漕ぐ、手漕ぎボートである。ベリックはシカゴの高名な病院のお医者さんだった。60歳を待つように退職すると、自分の夢を実現するべく、一歩を踏み出した。体を鍛え、手漕ぎボートを注意深く選び、潮の流れ、風を研究し、すべてにおいて科学的アプローチをし、先人のパターンを学び、人知における最善の準備をした、と言ってよい。
手漕ぎボートで大西洋を渡った例はいくらでもあるし、珍しいことではないのだ。手漕ぎボート大西洋横断レースまであるほどだ。ベリックはアメリカ北西岸、ケープコッドを漕ぎ出し、イギリスへ向った……。
衛星を経由した緊急信号が、アイルランドの西230マイルの大シケの海上から発せられ、大掛かりな捜索が展開されたが、ベリックも船も見つけることができなかった。
それから2ヶ月後、アイルランドの漁師が黄色い浮遊物を見つけ、キルキーの漁村まで引いてきた。それがベリックのボートである。ベリックは海に消えたが、漕ぎ手を喪った黄色船が、主の意思を受け継ぐかのように、最後10分の1の距離を渡り切ったのだ。
第41回:片足を陸に架け!