第32回:ジェイミー
更新日2002/03/13
ジェイミーは、Ave de Mar(海の鳥)と名付けた30フィートばかりの、小さなスループで世界一周した。しかもただ地球を回ったのではなく、こんなところへヨットで行くことが可能なのか、と思わせる辺境秘境の地から写真と詩的な記事を英米のヨット雑誌に載せ、我々を大いに楽しませてくれたものだった。ジェイミーはクルージングヨッティーの間では、ちょっとした有名人だった。
彼が我がマリーナに来た。北上し、アメリカ本土に帰る途中で立ち寄ったのだ。60前後の小柄で謙遜な人物だった。食料の買出しを手伝う程度のことしか出来なかったが幾日か共に過ごし、何度か夕食に呼んだりした。ジェイミーがマリーナを出て北へ向かった翌日、プエルトリコ本土側でジェイミーの亡霊に出会った、と一瞬思ったほど、唐突にジェイミーに出くわしたのだ。彼はエネルギーのすべてを体内から吸い出されたような風貌で、手足、顔、頭に生々しい無数の切り傷を作り、飄然と現れた。
彼の話はこうだ。もう何百、何千回と過ごしてきたように、ウィンドヴェーン(風向きによって舵をとる、自動操舵装置)をセットし、1時間の睡眠を取るためキャビンで横になった。いつもなら機械的に50分で目が醒め、コース、風をチェックし、また50分寝るというパターンが繰り返されるはずだった。だがこの時3時間以上続けて眠ってしまい、岩礁に叩きつけられて目が醒めた。彼が出港したマリーナから、15マイルほどのところに打ち上げられたのだった。ウィンドヴェーンがなんらかの理由で作動しなかったと思われるが、はっきりした原因は解らない。打ち上げられた場所はルキージョ海岸から1マイルのところに帯状に伸びた珊瑚礁だったので、ジェイミーは暗闇の中を泳いで一命を取り留めた。幸い海はシケていなかった。
マリーナに居座っているヨッティーは、ジェイミーはこんな陸の近くで仮眠を取るべきでなかったとか、コックピットで寝るべきだとか、批判的な、数限りないコメントをしたが、私はジェイミーが偉大なヨット乗りであることを垣間見た気がした。どんな人間でも間違いは犯す。失敗をする。何事も試みない人間は失敗もしないのだ。
何度かトライした後で、サルベージ会社の人間がこのヨットをレスキュー出来る見込みが無いと彼に言ったときにも、ジェイミーは冷静に、もう一度違うやり方でやってみるよう説得したものだ。そして後ろ3分の1がグシャグシャに潰れたAve
de Marを離礁させ、4カ月かけて修理し、再度出港したのだ。どうせ保険金が出るのだから、とヨットを沈むにまかせることもできただろう。だが保険金で新しいヨットを買うような人間は既に、海という雄大な自然を相手にするこのスポーツに携わる権利を失っていると思う。ヨットにはちょっとしたミスが命取りになりかねないという大前提があり、やり直しが利かない部分がある。ダブルボギーを叩いたから次は思い切ってバーディーを狙うのとは訳が違うのだ。
ジェイミーは一命を失う事無く、次の航海に向かった。そしてまた、どこか地球の片隅から、楽しい記事を書き送ってくれることだろう。
第33回:持てる者と持たざる者