■貿易風の吹く島から〜カリブ海のヨットマンからの電子メール

佐野草介
(さの・そうすけ)


道産子。小学生の時、フランス人4人がヨットで世界1周する記録映画を見て、人生の針路を決定する。水上生活者として20余年。前半は地中海、後半はおもに大西洋とカリブ海で暮らす。現在はカリブの砂州、カージョ・オビスボにヨットを舫い棲家とする。




Caribbean Sea Map


Puerto Rico Map
第31回:老人と海

更新日2002/03/07 


人間誰しも歳を取る。

こうして長年ヨッティーを続けているが、いつまでこんな生活ができるのものか。身体が、頭脳が動かなくなった時には陸に上がらなくてはなるまい、というう不安が脳裏をヨギルことがないわけではない。一方、このままの生き方で突っ走って海で野たれ死ぬしかない、という声も内から聞こえる。

今年は当り年だった。

リンが2度倒れた。77歳のイギリス人。その都度病院に担ぎ込み入院させた。イギリスを出てから32年間一度も母国に帰ることなく、カリブ、アメリカ東岸をクルーズしたが、この5、6年はボケが激しく、44フィートのヨットの船底は牡蠣、藤壺を付くにまかせて珊瑚礁と一体になっている。退院し、ヨットに連れ戻したが、次の日には自分が入院していたことすら思い出せなかった。イギリスに帰ったほうがよいのではないかとさりげなく忠告したが、そういう時だけは妙に頭が冴えて、「イギリスの寒さの中で肺炎になって死ぬより、ここで潮風に吹かれながら死んだ方がいい」と決意の程を示すのだ。

次に、ギルバートが血を吐いて意識不明になった。68歳、ニューヨーク人。ラムの飲みすぎで、どこだかの血管が破裂した。逝ったかなと思ったが、我が車に派手な血の染みを残し、危ういところで生き返った。そしてバート74歳。これもアル中気味だったが、心臓に来た。我がボロ車を救急車よろしく走らせ病院に滑り込み、セーフ。カート、51歳、まだ若いがテンカン持ち。派手に倒れ、コンクリートの桟橋に頭をぶつける。鮮血がドラマチックに顔を覆ったが、大禍なし。

メル。「スメルメル(臭いメル)」とあだ名される程汚いシカゴ人、76歳。インドのスラムでも通用する汚さで、シャツもタンパンも元の色は当の昔に追憶の影と消え失せ、廃油に漬けた雑巾状になっている。それを垢と脂とを重ね塗りしたような身体にまとわりつかせている。すい臓機能障害で身体がむくみだし、診察を受けさせたら即入院手術となった。私の車で老人組を買出しに連れ出す時、メルのあまりの汚さに誰がメルの隣に座るかが問題になるので、私が電気バリカンで彼の頭をスッキリさせ、シャンプーし、ついでに桟橋でホースからシャワーを浴びさせた。マリーナの口さがない連中は、「メルをキレイにしたから病気になった。メルには垢と脂の皮膜が必要だった」とうるさいことだ。

以上が今年の、私のプライベート緊急医兼救急車運転手としての活躍だ。が、他にも、私の出番は時間の問題だろうと思われる危なげなのが3人いる。老人組のアメリカ、イギリス人連中は10年以上ここプエルトリコに住んでいるのに、さっぱりスペイン語を覚えようとしない。スペイン語が多少できるのと、頼まれやすい性格がアイマッテ、私達が自分の意向とは無関係に老人福祉係の役割りを負わされているのだ。症状を診て、これならどこそこの病院がよいと運び先を判断するほどなのである。

89歳のイギリス女性が大西洋を往復した。この女性の名はヘレン テウ。「私の父は海の人だったし、私の夫も息子も海で育った。私達の血に潮気がたっぷり流れている」「若い人は、人間はいったん海に出ると、歳を感じないということがわからないようだ。そして私が想像していたよりズーッと容易だった」と言ったものである。彼女の夫が1937年に設計、建造した26フィートのドジャー(潮スプレー、風避けのキャンバス)のない木造ヨットに乗ってのことである。

私は、ヘレン テウさんの新聞記事をコピーし、ゴタクばかり並べてマリーナからヨットを1メートルと出すことのない、我が老人どもに配ったことだ。

 

 

第32回:ジェイミー

 
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