第79回:新マリーナ経営法 その2
更新日2003/02/13
そしてマリアがやってきた。
マリーナのヨッティーも事務所連中も、アンドレが大なり小なり経営に携わると思っていたところ、忽然とアンドレの何番目かの奥方がシャナリシャナリと現れたのだ。
髪を赤く染めた厚化粧の四十女で、マリーナにはおよそ似つかわしくないウルトラハイヒールにメールオーダーの雑誌そのままのファッションに身を固め、香水一瓶をかぶったような臭いを漂わせて事務所入りしたのだ。
マリアが最初にやったことは、マリーナで働いている人の総入れ替えだった。新しく雇い入れたのは、全員マリアの親類、友人、隣人で、揃いも揃って海もヨットも知らない人間ばかりだった。
事務所にも自分の娘と姪を入れた。この三人の女性が連れ添って出勤する様は見ものだった。三人ともただ派手であることをファッションの唯一意義と思っているようで、一人が身体に張り付くような金ラメのウルトラミニドレスに金色のパンプスで迫れば、もう一人は黒の下着をくっきりと浮き出させたシースルードレスという具合で、イスレタファッションショーのパレードを繰りひろげるのだ。
ニボ、パンチョ、カルメロの三人組みをはじめ、古株マリネーロ(作業員)のクビを切り、舫いロープ一つ取れないマリアの甥、叔父、イトコ、ハトコたちを雇い、いかにもマリーナ風の白いお仕着せユニホーム着せた。胸にイスレタマリーナの文字と夕陽を背景にしたヨットが染め抜かれたしゃれたものだった。
次に必ずくると予想していた係留料の値上げがきた。しかも、誰もの想像を上回る2.5倍に一挙に値上げしたのだ。普段、何事も笑い飛ばすワザに長けたヨッティーを恐慌に陥れた。
20隻内外が即座にイスレタを去り、他のマリーナに移っていった。月々きちんと支払うよい顧客を逃したのだ。その後もイスレタは歯が抜け落ちるように、1隻去り、2隻去り、40〜50%空いた状態になったのだ。
マリアは次々と御触れを出し始めた。
桟橋に一切モノを置くな、洗濯物を干すなという卑近なことから始まった。ダンナのアンドレのサルベージ船が、堤防に大型機械や海から引き上げてきたこもごもを積み上げているのに、そしてそのデッキに汚れきったタオルやTシャツをぶら下げているのに、誰がそんな規則を守るだろうか。マリネーロも何度か注意にきたが、分かった、今洗濯物を入れるよ、と生返事をし、乾くまで放っておく戦術で対処した。
プエルトリコ人に対しては、理で迫ってはならないのだ。お前もマリアの命令で動かなければならいから大変だなー、と同情を見せ、洗濯物は“すぐ”取り入れると流すことが肝心なのだ。“すぐ”というのは、2、3時間後乾いてからのことだ。
プエルトリコ本土側のフェリー乗り場にコンクリートの大げさなゲートを構築した。その前には大ぶりの椰子の木を植え、花壇を作り、記念写真の一つも撮りたくなるモニュメント風の仕上がりだった。が、誰も写真を撮ることことができなかった。
というのは、植木屋が1週間がかりで植え込んだ花、芝、椰子の木が完成した翌日すべて根こそぎ盗まれたからだ。花壇は恰好のゴミ捨て場になり、ビールやコーラの空き缶、タバコの吸殻、ファーストフードの皿や箱、袋で埋まった。
そのゲートの真ん中に、ガードマンの小屋もコンクリートで建てた。イスレタに渡る者は、そこで全員チェックされ、重々しい電動の鉄柵ゲートが開けられ、閉められるのだ。ガードマンも最初の2、3日は至極真面目に一人ひとり名前、訪問先を書き入れ、サインを取っていた。が、「俺はB桟橋の何々丸の持ち主だ」と誰でも言えるし、何々丸を訪問すると書けばいいのだ。それを裏付ける証書はないのだから、誰が何を言っても通るのだ。
そしてガードマンがトイレか何かの理由でゲートを閉めたまま小屋を空けるとき、ガードマンが戻るまで待つイスレタの住人はいない。鉄柵のゲートをバールでこじ開ける、ゲートをレールから外し人間がどうにか潜り抜ける隙間を作る、チェーンのピンを抜きゲートを自在に開くようにする、メカに強いヨッティーはありとあらゆる手段でゲートを壊しにかかったのだ。
ガードマンの小屋の窓にベニヤ板が打ち付けられ、ゲートが開き放たれるまで2週間もかかっただろうか。
フェリーの桟橋にパゴダを建てた。それまで醜く、小便臭いが四方を壁で囲まれ、屋根のある、雨、風をしのげる待合場所があった。それを取り壊し、4本の柱で支えられたパゴダのようなデザインのいかにも遠目を引く待合所を造ったのだ。ただ、この素晴らしい待合所は、雨、風が吹きさらしという欠陥があった。
マリーナ側のフェリー発着所も3ヵ所に増やし、ユーザーの便宜を図ることにした。イスレタのような小さなマリーナとも呼べない船溜まりに、三つある桟橋のすべての突端に一々フェリーを止めようというのだ。フェリーが発着できるようバースは改築されたが、完成後すぐにキャプテンの反乱に遭い、新しく建造された船着場は一度も使われることがなかった。
マリアはフロリダあたりの超高級リゾートマリーナを夢見ていたのだろう。
その3へつづく…
第80回:新マリーナ経営法 その3