■新・汽車旅日記 〜平成ニッポン、いい日々旅立ち 第406回「謎のスイッチバック、謎の八幡平 - 花輪線2 十和田南〜好摩 -」 その手前の十和田南駅は行き止まり式で、先へ進む列車は進行方向が変わる。いわゆるスイッチバック方式になっている。スイッチバックは山岳路線を克服するために造られる例が多く、学校の社会科でもそう教わった気がする。箱根登山鉄道や肥薩線、篠ノ井線姨捨駅などがそうだ。しかし、十和田南駅は奥羽山脈に挑む山間の駅ではない。平地のスイッチバックである。こういう線路の形には事情がある。地形ではなく、線路を作った人と社会の方に克服すべき問題があった。秋田鉄道は毛馬内から先、北東へ延伸し、青森県三戸へと延伸する算段だった。さらに、毛馬内から小坂へ支線を作る計画もあったらしい。小坂と大館は小坂鉄道が先に開通しているけれど、秋田鉄道も設立趣旨は鉱物資源の輸送だったから、小坂の大鉱山は魅力的だっただろう。小坂鉄道が秋田側へ運ぶなら、ウチは三沢へ運ぼうという意図があったようだ。しかし両方とも秋田鉄道は実現できず、南へ延伸し陸中花輪に至っている。花輪は鹿角地域の中心的な町で、こちらの方が優先度が高かったかもしれない。あるいは、秋田鉄道が三沢延伸を踏みとどまっている間に……
杉山 淳一 ※都合により今週休載します。 バックナンバー
■店主の分け前 〜バーマンの心にうつりゆくよしなしごと 第204回「流行り歌に寄せてNo.16 「水色のワルツ」〜昭和25年(1950年)」 私が、二葉あき子の『フランチェスカの鐘』についてこのコラムに書いたのは、昨年6月の末日のことである。それからひと月半後の、8月16日、彼女は心不全でこの世を去った。行年96歳。それは、彼女の運命を大きく動かし、『フランチェスカの鐘』を歌い続けるきっかけとなった、広島の原爆投下から、66年と10日後のことだった。私にとっては、彼女の二つ目の曲の紹介を、今度は亡くなった後にご冥福を祈りつつ書くことになった。大変に美しいワルツで、多くの人の心を捉え、当時大ヒットした『水色のワルツ』について書いていきたい。作詞の藤浦洸が、前々回ご紹介した『象印歌のタイトルマッチ』の審査員なら、作曲の高木東六は『家族そろって歌合戦』の審査委員長を長らく務めた人として、私の記憶にしっかり残っている。その高木は、大の歌謡曲嫌いで有名であったそうだ。実際に、この曲を含めて数曲しか、歌謡曲には曲を提供していない。この曲の中でも長いピアノ独奏の部分を自らが弾き、「謡」の字を抜いた、まるで歌曲のような雰囲気を醸し出している。実は、高木は戦時中、長野県の伊那に疎開しているとき、天竜川の畔を散策していてこの曲が浮かんだのだという。
■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝 Part4 第51回「ビリー・ザ・キッド その51 〜リンカーンの町で」 ルー・ウォーレスがニューメキシコ領域に乗り込んできて、すぐに手を付けたのは混沌とした復讐劇、ドランとタウンストール両サイドに組したシェリフたち、判事が発行した逮捕状の取り消しと恩赦だった。実態のない逮捕状は無効にしたのだ。犯罪として確証がある者の逮捕状だけ存続させた。リンカーン戦争前にリンカーンの町中でシェリフのブラドリーを殺害したキッドは恩赦に漏れた。1879年の2月18日、タウンストールが殺害された丁度1年目に、キッドは宿敵ジミー・ドランに会うため、もしくは殺すためにリンカーンの町に乗りつけた。キッドはテキサスのパンハンドルからニューメキシコに帰ったときから、陽気で歌と踊りが大好きなだけの少年ではなくなっていた。小さくはあるが一党の頭として、組を取り仕切るようになっていた。また、必要とあらば決断を下し、自分の身の危険を顧みずに渦中に飛び込むだけのガッツが備わってきたのだろう。このハリウッドが何度もヨダレを垂れ流し、再現しようとしたリンカーンの町への殴り込みは、キッドと同行したトム・オフォリャード、ジョー・ボーワー、ジョー・サラザールの4人が並び、ドラン派からはドランの用心棒、ジェッシー・エヴァンスなどが立ち向かった。
■亜米利加よもやま通信 〜コロラドロッキーの山裾の町から 第244回「セクハラ事件の保釈金」 幼い少年や少女がセックスの犠牲になるのは、閉鎖的な宗教グループの中だけに限ったことではありません。カソリックの司祭さんが子供たちを性の対象にしてもてあそび、天文学的な額の慰謝料を支払った事件がありましたが、今度は子供たちをスポーツを通じて健全に育てようという、まことに結構な趣旨の慈善団体『セカンド・マイル』を組織し、地域で尊敬を集めていた大学チームの助監督が加害者でした。彼の名前はジェリー・サンダスキーと言い、ペンシルバニア州立大学で長いこと、アメリカ大学フットボール界で超有名なジョー・パテルノと一緒に名門大学のフットボールチームを育ててきた人です。スポーツに疎い私でもジョー・パテルノの名前を知っているくらいですから、アメリカの男性なら100%知っているような人物です。そのジョーと伴にペンシルバニア大学にこの人ありと言われ続けてきたジェリー・サンダスキーが、十数年間にわたり、子供たちに猥褻行為を繰り返していたというのです。ペンシルバニア州立大学は、"カレッジタウン"という州の東はずれにあります。カッレジタウンは周辺の町を入れても10万人に満たない町で、俗に"ハッピーバリー"と呼ばれる美しい静かな大学町です。
■現代語訳『風姿花伝』 〜世阿弥の『風姿花伝』を 表現哲学詩人谷口江里也が現代語に翻訳 第42回「花修云(かしゅうにいわく) その二の一」 もう一つ、能の曲を書くにあたって、作者が心得ておかなければならないことがある。それは、演目の本木である中心的な部分がただただ静かで、音曲ばかりで構成したり、また舞や動きのみで構成したりするようなものは、それなりに一貫していて書きやすいものだが、しかし能というものは、動作が音曲に応じて為されるようなところがあるべきで、これは大変に大事なことである。人に本当に面白いと感じてもらえる能というのはそういうものである。言葉を聞かせるべきところは、耳慣れた面白い言葉を用いて、調子も良く、言葉が美しい響きを伴って続いて行くようにし、そして、それが風情のある詰めにつながって行くよう心がけて書くべきである。こうしたいろいろなことが作用しあってこそ、誰もが感動する演目になりうる。ところで、細かなことだが知っておくべきことがある。それは、動作というものをもとにして音曲を演ずる為手は、まだ初心者というべきで、そうではなくて、音曲から自ずと所作が生じるような為手こそが、熟練者だということである。音曲は聞くものであり、風体は見るものであるけれども…
■よりみち〜編集後記 スマートホンは「スマホ」と略すらしいが、最近は「ステマ」とか「ネトゲ」だとか、略語が日常化して、その道の「トウシロ」にはなかなかすぐには理解が難しい時代になってきたようだ。「ステマ」=「ステルス・マーケティング」(消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をすること)、「ネトゲ」=「ネットワーク・ゲーム」の略語で、ネットの普及でさらに省略語が氾濫することは間違いなさそうだ。特に、文字数の制限のある「Twitter」が登場してさらに略語の使用が加速している。近い将来、ネットに不慣れな人は略語解読のためのソフトなしには文章が読めなくなるかもしれない。とにかく情報量が多すぎるから、短縮したり、省いたりしなければコンパクトにならないから、さらに略語に頼ることになるのだ。これは嘆いてもしょうがないよで、これも時代の流れなのだろう。総務省の統計結果らしいが、現代の情報量は、10年前と比較すると540倍に膨れ上がっているらしい。確かに、10年前を思い出してみると懐かしい話がたくさんある。2000年のニュースでは、NTTの分割の年で、この年に東西に分かれ、KDDIが誕生し、Googleが日本語版をはじめたばかりで、Amazon.comが日本語版をスタートした年でもある。まだ世の中はISDN全盛時代だったわけで、光回線もなかったのだ ・・・
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